第65話 大阪生まれのおてんば姫③

「ていうかさ、今更やけどあんた名前なんて言うん?」


関西弁のお嬢様に尋ねられた。そういえばまだお互い名前を名乗りあってはいなかった。


「小峰華菜だけど」


「華菜って言うんや! うちも花系の名前やから仲間やな!」


「何て名前なの?」


「うちの名前は雲ヶ丘スミレっていうねん!」


「そうなんだ」


名前は確かにお嬢様っぽい。ようやく見た目のお嬢様感と一致する要素がでてきた。


「ちなみに漢字は“凄く美しい恋”って書いて”凄美恋すみれ”っていうねん! めっちゃかっこいいやろ!」


「凄美恋ってまた凄い名前ね……」


ようやくお嬢様感のある要素がでてきたと思ったのに、お嬢様感が一瞬で吹き飛んでしまった。だけど、本人が気に入っている名前なのだから、そこを気にするのは野暮な気もするので、華菜は愛想笑いをして受け流すことにした。


「私はそろそろ練習に戻らないとダメだから戻ろうと思うんだけど……」


「あ、ほんまやな。華菜は練習あるもんな! うち、話長いから引き留めてもうたな。はよ戻り!」


「うん、でも最後に一つ凄美恋に聞いときたいんだけど」


「なんやの?」


「凄美恋も野球部入らない?」


「え?」


さっきからずっと笑い続けていた凄美恋の表情が、波が引いていくみたいにどんどん真顔になっていった。目の前にいた賑やかな子が、無口無感情な本物のお淑やかなお嬢様になってしまったみたいだ。


「凄美恋がいつまで野球やってたのか知らないけど、今うちの野球部5人しかいないから、試合ができなくて困ってるのよね。もし力を貸してくれるなら凄美恋はこれ以上ない人員だと思うんだけど」


「野球は大阪ったころは何年もやっとったけど……」


「それならまさにちょうどいいんじゃない? 私たち初心者ばっかりだし私以外にも野球教えられる人がいたら助かるのよね」


「けどうち今は雲ヶ丘家の人間やから……野球できひんねん……」


「どういうこと?」


凄美恋が居心地悪そうに視線を華菜から逃がしていく。


「ごめん、うちそろそろ帰らんとアカンねん。ごめんな、先帰る!」


そう言うと凄美恋は、華菜に背を向け走り去っていった。


「明日もちゃんと練習見に来てよね! 遠慮せずにもっと近くで見てもらっていいから!」


去り際の凄美恋に大声で語り掛けたが、こちらを振り返ることは無かった。グラウンドの中を通って行ったので、みんなの視線が凄美恋に向かっていたが、そんなことは気にせず、凄美恋は走り続けていた。


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