第62話 難航する部員集め②
「千早の言った通り、ほんとに誰かいたわ」
「そうでしょ! やっぱり誰かいるよね?」
千早が素振りの手を止めて、華菜の方に体を向けた。自分の見たものが気のせいではないという確信を持てた事に喜んでいるようだった。
「でも、こっちから見たら隠れちゃうんだよね……」
千早が困った顔を浮かべる。
「真希くらい人見知りとか?」
怜先輩が見つけてきた双子の姉の方、菱野真希の名前を出してみる。彼女も人見知りなのか、未だに妹の咲希以外には心を開こうとしてくれない。
「どうなんだろうね……」
「ここで2人で話してても埒が明かないし、ちょっと見に行ってくるわ」
千早は初対面の人相手には極度の人見知りで、ドッグ仮面のお面がないと、まともに話せない。さすがに練習にドッグ仮面のお面を持ってきているはずはないので、ここは華菜だけで行くことにした。
「ごめんね」
「別に大丈夫。あんたはその間に素振りの続きでもしときなさい」
「うん!」
そういうわけで、華菜は人影の見えた場所に向かう。
野球部ができるまでは体育をするためだけに使われていたグラウンドなので、そこまで広くはない。すぐに人影を見つけた木の辺りまでたどり着く。
当たりをキョロキョロと見回してみるが人はいない。
もう少し奥に行くと、学校内と学校外の境目として、5mほどの高さがあるフェンスが設置されている。かなり高いフェンスではあるが、お嬢様育ちばかりのこの学校において不審者対策は万全にしておくに越したことは無い。フェンスのすぐ向こうには雑木林が広がっている。
そして、当たり前のことではあるが、この高いフェンスは不審者が校内に入ってこないために設置されているものである。華菜たち桜風学園の生徒が学内から抜け出して、雑木林に侵入することを防ぐためのものではない。
華菜たちの通う桜風学園に、フェンスをよじ登るヤンチャな子がいるなんて想定されていない。
華菜が引き続き辺りを見回していると、1人の少女がフェンスに背中をつけて強張った顔で、息を潜めてこちらを見つめているのに気が付いた。桜風学園の制服を着ているから、ここの学校の生徒でほぼ間違いないだろう。
前髪パッツンの真っ黒なセミロングヘアーに凛々しい顔つきの女の子。パッと見で華菜より少し背の高いことがわかるくらいのその少女の佇まいは、やはり気品に溢れているように見えた。
少女はまるで、命でも狙われているみたいな顔で華菜の方をみている。華菜が近づいただけでそんな顔をされると、華菜の方も緊張感をもって接してしまう。逃亡犯を追い詰めた時の警察はこのような気分なのだろうか。
「あの、あなたずっと私たちのこと見てましたよね?」
華菜が聞くと少女は無言で思いきり頭を振って否定する。綺麗に手入れされた黒髪が、頭の動きに合わせて舞っている。
「じゃあ、なんでこんなところにいたんですか?」
そう言って華菜が一歩少女の方に近づくと、両手の平を華菜の方に向け“来ないで”のジェスチャーをする。それでも気にせず華菜がさらに一歩近づくと少女が華菜に背中を向けた。
「え? ちょっと」
華菜が困惑しているうちに、少女が先程までもたれかかっていた、高いフェンスに手をかけた。先ほどまでのお上品さはどこかへ行ってしまい、制服のまま、ダイナミックに登り始めた。
「ちょっと、そんなとこ昇ったら危ないですって!」
慌てて華菜が引き留めようと、フェンスを登り始めていた少女の腰のあたりを掴む。無理やりにでも下ろさいないと、本当にこの子はフェンスを越えてしまいそうだ。
「ちょ、危ないやん! 何すんねん!」
その声を聞いたとき、ネイティブな関西弁が誰の口から聞こえたのかわからなかった。
そうこうしているうちに、少女がバランスを崩し、そのまま華菜の上に落下する。幸いまだ低い場所だったので、2人とも少し擦りむいたくらいで大きな怪我はしなくてすんだ。
「あぁ、もう最悪や……登ってるとこ引っ張るとか野蛮すぎるやろ! ほんまありえへんわ!」
華菜から降りた少女は立ち上がり、埃を払っていた。その流暢な関西弁は、間違いなく目の前の、綺麗な黒髪お嬢様の口から発されていた。
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