第3章 集え!野球部員

第61話 難航する部員集め①

綺麗な新緑の匂いに混ざって、爽やかな風が吹き抜ける。季節は5月も下旬に差し掛かっていた。野球部が公認されて、一気に部員も9人集まって、大会に向けて万事順調に進んでいる。


……なんてことは無く、タイムリミットの6月20日まで1ヶ月を切ろうとしているのに、未だに部員5人のまま活動が続いていた。


公認の部活になれば、残り4人はすぐに集まるだろうという華菜たちの甘い予想はあっさりと外れてしまった。グラウンドで練習していれば、それを見て興味を持ってくれる人も出てくるだろうと活動を続けていたが、部員は一向に集まる気配がない。


「誰も入ってくれないけど私たち嫌われちゃってるのかなー?」


練習終わりの部室で咲希が誰に言うでもなく呟いた。


「グラウンドで放課後に部活動してるってだけで、ボクたちちょっと学校の人たちから白い目で見られている節はあるよね……」


人数が揃うまで、という条件で練習を手伝ってくれている美乃梨が苦笑いする。


この学校の体育会系の部活動は薙刀、剣道、弓道と、屋根のある場所でする和風なスポーツばかり。体育の授業以外で、自主的に外で日に焼けるような運動をするという概念は、多分この学校のお淑やかな生徒たちには無い。


きっと野球部は、自ら日に焼けるスポーツをしている変な子の集まりと思われているのだろう。


「正式な部活として承認されてもなかなかうまくいかないわね……」


華菜は大きなため息をついた。


それからもしばらく、何の進展もないまま日々は過ぎていく。


野球経験のない子が多いから、基礎をじっくり教えてあげられるという利点はあるものの、人数が少ないせいで、できない練習も多い。それに、そもそも9人いないと試合ができないし、顧問の富瀬美香なる人物ともまだ一度も会っていない。まだまだ野球部の課題は山積みである。


そんなことを考えて、練習の最中に大きなため息をついていた華菜の元に、千早がやってきた。


「ねえ、華菜ちゃん……」


「なに?」


「あそこでずっと、こっち見てる人いるよね……?」


千早がグラウンドの中でも、校舎から一番遠い場所を指し示すが、特に誰かがいるような感じはしなかった。


グラウンドの端の方は体育の授業でも、野球の練習でも使わない空間。千早が指差すのは、雑草が伸び切っていたり、木が生えていたりするだけの場所。


「いや、誰もいないと思うけど……」


「私たちが見てるから消えちゃったのかな……?」


「人が突然消えるわけないでしょ? 恥ずかしがり屋のお化けとかじゃないんだから……」


「うーん、気のせいかな?」


「部員を増やすことに躍起になりすぎて、木が人にでも見えちゃってるんじゃないの? 千早はそんなこと心配するよりも、今は練習頑張ってくれたらいいから。多分、あんたはきちんと基礎を覚えたら、足速いし凄い1番バッターになってくれると思うわ」


「ありがとう。千早、頑張ってくるね!」


華菜の言葉を聞いて、千早は楽しそうに練習に戻っていった。千早の教えてくれた辺りをもう一度見てみるがやっぱり人影は見当たらなかった。


次の日も、また千早が練習中に華菜の元へとやってきて、同じような事を言う。


「ねえ、華菜ちゃん。やっぱりいるよ」


「昨日言ってた人?」


「うん。でも、こっちから見ると木の陰に隠れちゃうから、向こうにバレないように気を付けて確認してみて」


「どういうことよ……」


それだけ言うと千早は戻っていった。華菜は素振りの傍ら、千早が言っていた方向をチラリと見ると、今日は木の陰から顔だけ出している人物の姿が確認できてしまった。


「確かに誰かいるわね……」


たしかに千早が言う通り木の陰に誰かいる。しっかり見るために、一旦練習を止めてじっと見ようとすると、こちらからは見えないように、木の後ろに隠れてしまった。

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