第49話 再交渉①

千早と華菜は生徒会室の前までやってくる。


これから始まる生徒会長への野球部設立を求める交渉。先日のこともあり、緊張して心臓が飛び出そうである。もっとも今日はこの間とは違って横に千早がいるから、ほんの少しだけ気分は楽ではあるが。


「行くよ」


華菜が小声で千早に伝え、千早が無言でうなずいた。生徒会室の扉をノックすると、無機質なノック音に続いて中から生徒会長のどうぞ、という冷たい声が聞こえてきた。


「あなたも諦めの悪い人ですね。しかも今日はお友達まで連れてきて」


生徒会長が千早を一瞥した後大きなため息を吐く。


今日も出入り口の扉が視界に入る窓際の席で、生徒会長は冷淡な表情をして机の上に山積みになっている書類の確認をしているところだった。


「今日はきちんと部の設立要件の5人の部員を集めてきました」


「5人集めればいいっていう問題じゃないです。あなたがしている、野球をやめさせた湊さんを再びマウンドに戻すという意味の解らない、身勝手極まりない行為に私は納得できないのです。だから野球部の承認はできません。野球部の話はもうこれで終わりです」


生徒会長が今日は落ち着いた言動で野球部の設立を反対しようとする。先日とは違って今日は取り合うつもりもなさそうである。


“忙しいから早く出てけ”というオーラが出ている。華菜は無言の圧力に気圧されてしまってそれ以上言葉が出なかった。


「もうそれで用事は終わりですか? 終わりならさっさと帰って――」


「あの……」


生徒会長が言い終わる前に千早が横から恐る恐る口を挟んだ。


「何ですか?」


「とりあえずまず、部活動申請用紙を記入してきたので、それだけでも見てもらえないでしょうか?」


千早は目を瞑って一息で言い切った。華菜の手元から無言で部活動申請用紙を持って行こうとするが、華菜が止めた。私が持って行くから大丈夫、と生徒会長には聞こえないくらいの小声で伝えると、千早が黙って頷いた。


華菜は一度頭を横に振って大きく深呼吸をしてから一歩ずつ生徒会長の元へと歩いて行った。


千早がいなかったら、多分言われるがままに生徒会室から退出していたであろう。やはり千早についてきてもらえてよかった。


「部活動申請用紙です。とりあえず受け取るだけ受け取ってもらえませんか?」


生徒会長は不機嫌そうに、華菜が渡した用紙を受け取った。


「渡されたところで受理するつもりは一切ありま……」


生徒会長が渡された紙を凝視している。何か不自然な点でもあったのだろうか。見つけてはいけないものを見つけてしまったみたいに食い入っていた。

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