第29話 美乃梨の激励③

「由里香さんが私のせいでやめたんだったら、もう私は由里香さんには関わらないほうが良いのかなと思いまして……」


華菜が寂しそうに呟いた。生気の無い瞳で虚ろに宙を眺めながら。時の流れが止まったみたいに一瞬部屋中の音が止まった後、美乃梨が静かに答えた。


「だめだよ」


いつもの何を考えているのかわからないような、曖昧でどこか他人事のような答え方ではなく、断定的に答えた。


思わぬ反応が返ってきて、美乃梨の方へゆっくりと視線を向けていく。


「もし本当に華菜ちゃんのせいで湊さんが野球を止めたんだとしたら、なおさら絶対に湊さんをマウンドに戻さないといけない」


美乃梨が珍しく力強く答えるので華菜が動揺する。


「でも生徒会長は私が由里香さんに近づかないことで全てが丸く収まるって……」


「丸く収まることが、湊さんが野球をやめることを意味するのだとしたら、絶対に丸く収めたらダメだよ。もし湊さんが彼女の意志じゃない理由で野球をやめたのだとしたら、絶対にもう一度野球を始めさせないと。とくにまだ湊さんが野球に対して心残りがある場合は」


美乃梨が柄にもなく力強く話している。


「華菜ちゃんに心当たりがないってことは、悪意を持って湊さんを野球から引き離したわけじゃないと思うし。そもそもこれだけ必死に湊さんをマウンドに戻そうとしている華菜ちゃんが悪意を持って野球をやめさせたわけないし」


美乃梨は大きく息を吸って、さらに言葉に力をこめる。


「とにかく絶対に湊さんを野球部に入れないとダメだよ!」


いつになく熱い美乃梨の言葉を華菜はしっかりと聞いていた。華菜は頭の中でゆっくりと美乃梨の言葉を反芻してから頷いた。


「わかりました。とりあえず由里香さんが野球をやめた理由を聞けるまでは頑張ります。でもそのためにはやっぱり野球部作らないといけないですね。由里香さんが野球をできる環境を私が奪っちゃったのならもう一度野球ができる環境を今度は私が作らないとですね!」


華菜は無理に作ったぎこちない作り笑いを美乃梨に向けた。


さすがにそんなに早く気持ちが割り切れるわけはない。


それでもここで諦めてしまうと、由里香を追いかけてきた意味が無くなってしまう。それに、美乃梨が予想以上に熱く華菜のことを励ましてくれたことで、ほんの少しだけ前を見られるようになった。


「その意気だよ」


華菜が少しだけだが前向きになったのを見て、美乃梨が安堵してそれだけ言う。笑顔が作り物だということには触れないこともまた優しさなのである。


「あの、一個聞いても良いですか?」


「ん?」


「美乃梨先輩も自分の意志じゃないところで野球を止めることになって、まだ心残りがあったりするんですか?」


「え?」


突然の予期せぬ質問に美乃梨が怪訝な顔をする。


「ど、どこでそんな話聞いたの?」


「あ、いえ。さっき私に檄を飛ばしてくれてたときになんだか由里香さん以外の誰かと重ね合わせているように感じられたんで。もしかしたら美乃梨先輩も由里香さんと同じような経験あるのかな……なんて思いまして」


華菜は渇いた笑いを交えさせた。美乃梨は答えに悩み、数秒ほど視線を揺らす。


「華菜ちゃんの考え過ぎだと思うよ。前にも言ったけどボクは観るの専門なんだから。そんなことよりも今は野球部を作って湊さんをもう一度マウンドに戻すことを考えないと」


「はは、ですよね」


華菜は笑って話を終わらせたが、美乃梨の言動は明らかに怪しかった。わかりやすいくらいに動揺して、華菜に何かを話そうか悩んでいるようなそぶりを見せている。


もしかしたら美乃梨は本当に野球をやっていたのではないだろうか。気になるがきっと今美乃梨に聞いてもきっと本当の事を教えてはくれないだろう。いつかまたその機会がやってきたら聞いてみることにしよう。

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