第2話 湊由里香との再会①
「いざ、2年3組へ!」
教室に入る前に
今日は入学式の日とは違い、教室にも廊下にも人がたくさんいる。廊下は人と声でにぎわっているが、その賑やかな音は緊張感を持った華菜の耳には届いていない。
これから湊由里香と再会するのである。試合に負けてからスマホを介しての連絡は取っていたが、実際に会うのはあの試合の日以来である。
ついに会えるのだ。あの日負けてから1年半追い続けてきた湊由里香と。
「よし」と小声で呟き勢いよく教室のドアを開けると教室内にいる子たちの視線が一気に華菜に集まったが、華菜の視線は窓際に立ってどこか遠くを見ているスラリと背の高い由里香だけを捉えていた。その他の教室にいる無関係な人たちに気を向けている余裕はない。
心臓の鼓動が教室に入る前の倍くらいのペースになる。
教室内で頭一つ高い、モデルみたいなスタイルの由里香は目立つ。日差しを受けて少し眩しそうに外を見る様子が映えていた。
久しぶりに見た彼女は当時に比べてほっそりとしていた。知り合いの記者の黒井から聞いた通り、本当に野球を辞めてしまっていることが立ち姿からもよくわかる。再会の喜びと、本当に野球から離れているという事実を確認した悲しみとが入り混じる。
だけど、これからマウンドに戻ってもらうために説得するのだから悲しんでいる暇はない。
「久しぶりね、湊由里香!」
華菜の威勢の良い声が教室内に響いた。いろいろな感情が渦巻いているせいで想定よりも大きな声が出てしまう。華菜に向けられている教室内の視線はより強くなった。
「何あの子?」
そんな声がどこからか聞こえてきて、それを皮切りに波のように教室がざわつきだす。
由里香は華菜の方をじっと見ていた。
何も答えず、冷めた目で。
華菜の持ってきた熱意とはかなりの温度差があり、だんだん恥ずかしくなってくる。
「なんとか言いなさいよ!」
由里香の返答を待つ前にもう一度声を出す。それを聞いて由里香はため息をついてから華菜の方に歩き出した。
「まず、あなた敬語の使い方知らないのかしら?」
熱い再会を演出したのに冷静にかわされて恥ずかしくなる。華菜の顔がみるみる赤くなる。
「し、知ってるけど、あんたは私のライバルだから、その……」
華菜のしどろもどろの返答を聞いて、もう一度由里香はため息をついた。
「そもそもあなた誰なのよ?」
「だ、誰って……まさか私のこと忘れたの?……」
「ええ」
由里香は興味なさげに頷いた。
「なんで?なんで覚えてないの?」
「さあ、なんでかはわからないけど、記憶にないものはしょうがないじゃない」
由里香は顔色一つ変えずに返答する。
「嘘でしょ……ずっとあなたのこと追いかけてきたのに。私だけの一方通行の思いだったの……?」
「よくわからないけど、なんか災難だったわね……」
由里香が終始冷静に返す。突然入って来たよくわからない新入生がクラスのイケてる子にうまいことあしらわれる様子に、教室の空気はざわつきから嘲笑へと変わっていた。
華菜はどんどん羞恥の気持ちが高まっていき、教室に入った時とは別の感情のせいで心臓の鼓動が早くなっていった。
もうどうしたらいいのかわからず、華菜は教室から走って逃げた。
突然教室に入って来た痛い子を由里香が痛快に追い返したので教室内ではまるで勧善懲悪のお話を見た後のような、面白いものを見たという空気が流れていた。
華菜が逃げて行ったあとの教室内では、華菜のことを馬鹿にするささやき声が飛び交っていた。
もっとも2年3組の生徒全員が華菜に対して冷たい視線を送っていたわけではなかった。
教室内には“湊由里香と小峰華菜の再会をこんな近くで見られるなんて!”とメガネを光らせ、胸を弾ませる生徒もいたのだが、当然華菜にはその視線に気づけるような余裕は無かった。
☆☆☆☆☆
華菜が完全に去った後、由里香は苦い顔をして呟いた。
「なんであの子がうちの高校に来てるのよ……」
窓から入ってくる光は嫌になるくらい眩しく、由里香はおもわず額に手を当てて目を覆った。
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