第3話 湊由里香との再会②

“私のこと知らないってどういうこと???”


華菜は急ぎ足で逃げるように廊下を進む。廊下で談笑する生徒たちの笑い声がまるで自分のことを笑っているように感じられてしまい、嫌な気分になる。


頭の中には先程までの光景が何度も繰り返し再生されていた。穴を掘ってその中に入ってしまいたいような気持になる。


どうして由里香は自分のことを知らないと言ったのだろう。


次第に華菜の頭の中にはこれまでため込んで原動力にしてきた由里香への思いが走馬灯のように回りだしていく。




華菜が由里香と出会ったのは中2の夏の地区大会だった。


華菜は顔を合わす前から同じような境遇で野球をする由里香のことを知っていて、いつか対戦したいと思っていた。自分と同じく男子メインのシニアチームで野球をする者として、無視できる存在ではなかった。


10年ほど前にNPBに初めての女性選手が誕生したのをきっかけに、野球をする女の子の数は急激に増えた。


女子プロ野球のリーグが活性化したり、女子硬式野球部を持つ高校の数も全国で500を超える等年々規模が大きくなっている。中学の硬式野球シニアチームも女子チームがどんどん増えていき、女子は女子チームでプレーすることが主流となっていった。


そんな中、中学時代の華菜は男子がメインのシニアチームでプレーすることを選んだ。


わざわざ男子チームを選んだ理由はいくつかあるが、1番大きかったのは憧れのNPB初女子野球選手である湊唯選手の著書の中に書かれていた”男子に混ざって野球をすることで得られるものが多かった”という言葉であった。


高校からは女子野球部で野球をすることに決めていたので、中学までは男子チームでいろいろなことを学びたかった。



中2の夏、地区大会決勝で華菜は初めて生でマウンドに立つ由里香を見ることとなった。県内の男子メインのチームの中でもトップクラスの強豪チームの中で彼女はエースを任されていた。


地区大会直前の抽選会で、華菜はトーナメントで由里香のチームと同じブロックに入ってほしいとひっそりと願っていた。本当はチームが1つでも多く勝ち進むにはできるだけ由里香のいる強豪チームとは当たらない方がいいのだろうけど。


けれど監督の持ち帰ってきたトーナメント表を見ると、由里香のチームと華菜のいるチームは、決勝まで勝ち上がらないと対戦できない位置関係にあった。


華菜のいるチームの過去最高戦績は県大会ベスト8だったので、正直由里香と対戦することは諦めていた。


しかしいざ大会が始まってみるとチームはほかでもない、華菜の大活躍でトーナメントを決勝まで勝ち上がった。


3番サードとして試合に出ていた華菜は、この大会とにかく打ちまくった。


決勝までの4試合で、すべて単打とはいえ19打数17安打の大活躍。


バットに当てる技術はチームトップの物があり、華菜自身もそこについては誰にも負ける気はしなかった。


そんな状況で迎えた決勝である。


いくら由里香が凄い投手とはいえ、当時の由里香の最速は121km/h。女子としてはかなり速い方だが、華菜は準決勝では最速135km/hの男子投手を相手に4安打した。


それに比べるとそこまで恐れるものではない。もしかすると勢いに乗っている今なら地区最強のチームに勝って全国に行けるのではないか。


実際に由里香の球を打席で見るまではそう思っていた。


だが、試合結果は華菜の思っていたものとはまるで違っていた。


華菜は由里香から1本のヒットも打てなかった。


4回打席に立ち3三振。おまけにチームはノーヒットノーランを食らったのである。


三振なんて公式戦でほとんどしたことがなかった華菜がまともにバットにすら当たらなかった投手は中学時代で由里香だけだった。


伸びのある直球は数字上の球速よりもずっと早く感じた。今までみてきたどんな速球投手よりも体感球速は速かった。


試合後の華菜は完敗した挙句ノーヒットノーランまで達成させられたのに、なぜか気分は晴れやかだった。


今までライバルとか、この人に勝ちたいと思える選手に出会ったことのない華菜の体に雷にでも撃たれたかのようビビビッと電流が走った。


ずっと野球ばかりしてきて恋愛をしたことは無いけど、きっと恋に落ちたらこんな気分になるのだろう。


この対戦を機に華菜はよりレベルを上げて、高校で由里香にあったときにレベルアップした姿で、今度こそ由里香を倒すことを心に決めた。


たとえ由里香が野球部の無い高校に入っても、華菜と再会することで当時の熱い気持ちを思い出して、またマウンドに戻ってくれる。仮にすぐに戻ってこなくても仲が良かったのだから、必死に説得すればきっとなんとかなる。


そう思って華菜はここにやってきたのだけれども……




華菜は今と過去とでごちゃまぜになっている頭の中の記憶を全部吐き出すように大きなため息をついた。


自分のことを覚えてないと言い張るほど拒絶されているという状況ははさすがに想定外だった。


「これからどうしたらいいんだろう……」


もう一度大きなため息をついたら体の中の空気が全部どこかへ行ってしまい、体が空っぽになってしまったような気分になった。

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