グラウンドの華となれ!

西園寺 亜裕太

第1部 部員集め

第1章 0からのスタート

第1話 尋ね人とお嬢様生徒会長

小峰こみね華菜はなは入学式が終わると、教卓に両手をついてクラスメイト達に語り始めた。


「ねえ、みんな。みなと由里香ゆりかが2年何組か知ってる人いたら教えて」


教室は先程までと何も変わらず静まったままである。


女子しかいない教室内では、まだ初対面の相手をどういう人物か伺っている段階。突然みんなの前に出てきて語り掛ける得体のしれない人物に対する警戒心は高まるばかり。


「もったいぶらないで教えて欲しいんだけど。私はあいつに会うためにここに来たんだから」


クラスメイト達が頭に?マークを浮かべて不審な目で見ていることは華菜も薄々感じてはいるが、そんなことは気にしている場合ではない。


華菜は教壇の目の前に座っている子に聞いた。


「ねえ、湊由里香ってどのクラスにいるか知らない?」


「いや……わからない、です」


聞かれた子は不審者を見る目つきに近くなっている。。


「誰も知らないってことはもしかして私黒井に騙された!?やっぱりこの学校に湊由里香は来てないんじゃないの!湊由里香がいないんじゃ私がここに来た意味ないじゃない!」


華菜が一人取り乱す。教室内からは華菜への冷たい視線が集まっている。


「そもそも湊由里香って誰か知らないし」


教室のどこかからボソッと声が聞こえた。


「なんで知らないの? あの湊由里香よ!」


「どの? ……」


また別の声が静かな嘲笑に混ざって聞こえてくる。


教室内が華菜を異分子と認識することで一体化しようとしている。


華菜も薄々その事実に気づきつつあるが、今は由里香がこの学校にいないかもしれないという衝撃的事実への心配の方が圧倒的に脳内を占めている。


「ああ、もういいや」


そう言い残して華菜は教室の外に飛び出した。



同じクラスの子たちにらちが明かないので2年生の教室のあるフロアへとズカズカ入っていく。華菜は2年1組の教室から順番に全教室見て回ることにした。


2年生の教室のあるフロアは随分と静かだった。静かというよりそもそも人の気配がしない。


「……いない」


そっとドアから首だけ出して教室内を覗いてみたが、1組に湊由里香らしき人はいない。というか人が誰もいない。


もしかして集団ボイコットでもしているのだろうか? 先生がめちゃくちゃ悪人で全員そろってストライキ? もしかしてクラス替えに不満があって誰も来てないとか?


焦りのあまり普段なら考えつかないような突飛な考えが華菜の頭に次々と浮かんできている。


「2年生の教室に何か用でしょうか?」


考え込んでいたら突然後ろから声をかけられた。


人の気配の無い場所から現れた予期せぬ声に思わず「ひゃいっ」と変な声が出てしまう。


「もしお困りごとでしたら伺いますよ? 新入生の方ですよね?」


突然お上品な笑みを携えた人に声を掛けられる。いかにもうちの学校にいそうなお嬢様の擬人化みたいな人。


いや、まあお嬢様も人だから擬人化はおかしいけど。この学校の理想の生徒を作り上げるとしたら目の前に姿勢よく立っている優雅な人物なのかもしれない。


学校紹介のパンフレットからそのまま飛び出して来たかのような模範生の見た目をしている。


「えっと、あの、2年生の教室のある階にいるってことは2年生か3年生の人ですよね?」


漂ってくる雰囲気が先程まで同じ教室にいた新入生たちと明らかに違う。すでにこの学校で1年以上の時を過ごし、ある程度の勝手を知っている人物の落ち着き方をしていた。


「ええ、2年生ですよ」


「ええっと、だったら私下級生なんで敬語じゃなくても大丈夫ですよ」


「ふふ、初対面の方には敬語でお話するほうが自然だと思いますよ。それに生徒会長たるもの学年関係なくどなたに対しても平等にお話するべきだと思いますよ」


「生徒会長?!」


「ええ」


変わらぬ微笑みで話かけてくるお嬢様先輩が生徒会長であったことに驚く。


新2年生で生徒会長ということは1年の時点ですでに就任していたということになる。


この伝統ある学校で1年生の時点で生徒会長ができることに驚きではあるが、たしかにこの気品の化身のような人物なら納得する部分もある。


まさか初日から生徒会長と会話することになるとは思ってもみなかった。


「生徒会長としては困っている生徒がいらっしゃったら手を差し伸べるべきだと思いますので、もし何かありましたら何なりと言って頂いてよろしいのですよ」


柔らかい微笑みについつい心を緩めてしまう。


「だったら遠慮なく聞かせてもらいます。湊由里香って知ってますか?」


「もちろん存じ上げておりますよ」


「何組かとかってわかりますか?」


「ええ、もちろん。2年3組ですよ」


「ありがとうございます!」


「あの……あなたは湊由里香さんのご友人か何かですか?」


生徒会長が何かを試すかのような表情で尋ねるが、華菜はとくに気にせず元気に返答する。


「いえ……ライバルです!」


「ライバル?」


「忘れたくても忘れられない相手です」


生徒会長の表情が一瞬だけ、何を言っているのかよくわからないとでも言いたげな怪訝な表情になったが、またすぐに元の笑顔に戻った。


「ふふっ、面白い人ですね。でも残念ながら今日は湊さんは学内には不在ですよ」


「え!湊由里香も学校ボイコットしてるんですか?」


「ボイコット?」


「1組に誰もいないのってみんなボイコットしてるからですよね?」


「ああ、そういうことですか。ふふっ、でも違いますよ。今日は入学式ですから。1年生と生徒会と吹奏楽部くらいしか学校には来てないですよ」


「ああ、そういうことか……」


結局、意気揚々と湊由里香を探しに行ったものの出会う事は出来なかった。


だが、お嬢様生徒会長先輩のおかげで湊由里香が2年3組にいることはわかったから、次は始業式の日に再チャレンジしよう、と華菜は心に決めた。


「お困りごとは解決しましたか?」


「はい、おかげさまで!ありがとうございます。また来ます」


「ふふ、わかりました。それではごきげんよう」


まるで周りに百合の花でも咲いているみたいに優雅にお嬢様生徒会長先輩は去っていった。


☆☆☆☆☆


由里香のことを熱心に探している新入生との会話を終えた生徒会長の城河桜子しろかわさくらこは生徒会室に戻る道すがら静かな廊下を歩きながら、一人考えを巡らせていた。


「あの子、多分小峰華菜ですよね……」


華菜が由里香のことを未だに強く意識しているということは何を意味するのだろうか。少なくとも由里香の中の野球と離れた平穏な時間に何らかの動きが生じることは間違いない。


もしかしたら小峰華菜の執念次第では由里香がもう一度マウンドに立つ姿が見られるのでは……そんなことを考えてしまい苦笑する。


仮に彼女が由里香のことをマウンドに戻そうと考えても、野球部のないこの学校でどうやってマウンドに立たせるというのだろうか。


そして自身の立場上、華菜が由里香をマウンドに立たせようとするとき、間違いなく敵対する立場の人物として会わなければならない。


由里香をマウンドに立たせる時に一番の障害となるのはきっと桜子自身なのである。


だが、そんな起きうる可能性の低い未来を想像しても仕方がない。


桜子は彼女の中に渦巻く複雑に絡まり合った感情を振りほどくように頭を振った。


「私は目の前の仕事を片付けていくだけですから……さて、続きの書類整理でも致しましょうか」


桜子は生徒会室へと入っていった。


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