第15話

 いつものように食事を済ませ、馬車に乗り、登校した。馬車を降り、いつものように門を潜る。きょろきょろ辺りを見渡し、まずトゥフィがいないか確認した。次にハインツを探すがいない。

 そして、いつもの視線を感じた。1年生ズの視線だ。このまま周りを囲まれるんじゃないかって1日振りのイベントに身構えたものの、誰もバニラに近づこうとする者はいなかった。

(え……? いや、モテたいとかじゃないけど、昨日みたいにハインツもいないのに、1人も近づいて来ないなんて……?)

「バニラ、おはよう」

 そんなことを考えていると、後ろから声を掛けられた。

「あぁ、ハインツおはよう」

 バニラは、周りに人がいる時にだけ見せる、ハインツの高貴オーラにまだ慣れていなかった。

 オネェでも何でも関係ない。2番目の推しに似ていることに代わりなく、その美しい顔は今日も健在だった。

 むしろハインツに声をかけてもらって、バニラは安堵していた。

 しかし、ハインツは周りの視線から何かを感じたらしい。

「これは、申し訳ないことをしたかもしれないな」

「え?」


「ごめんなさーい!」

 昼休み、バニラはサロンに入るなりオネェ全開で謝ってきた。

「……何が?」

 バニラは、さっぱり意味が分からず、そう聞くしかなかった。

「昨日のことよ!」

「いやいや、別にもう気にしてないよ」

 バニラは、なんだそんな事かという顔をして、全く気にしていない素振りを見せた。

「あんた、重大性に気付いていないわね」

「……へ?」

「いい? 昨日アタシがバニラにぶつかって、受け止めてくれたから私は転ばずにすんだでしょ。それでバニラが魔法薬を被った。それが、一種のマウントになってしまったみたいなの」

「まうんと?」

(マウントって、あの? どういう意味?)

 バニラの頭に浮かんだのは、『こいつ、俺のだから』って周りと差をつけようとするやつ。pixivで見た知識。

「つまり、バニラはアタシを魔法薬から庇うほど、関係がデキてるってことに思われてみたいなの!」

「……えぇ!!!」

「全く、困っちゃうわよね」

「ちょっと! ないない! あり得ない!!! は?!」

「ねぇ、そんなに言われると傷つくんですけど!」

「あ、ごめん」

「それで取り巻きがいなくなったんだと思うの。それは良いんだけど、ちょっと……」

「ちょっと?」

 その時だった。

 バーーーーン!!!! と凄い勢いでラウンジの扉が開いた。

「失礼します! いえ、もう失礼しているかもしれません!!」

「出た……」

 ハインツの顔が青くなった。扉を壊しそうな勢いで開け放ったのは、燕尾服を着た、初老の執事だった。

「ハインツ坊ちゃん、お久しぶりです」

「……ベルシア。まさかこんなに早く来るとは思ってなかったよ」

 初老執事、ベルシアはハインツの父親に仕えている執事であった。

「バニラ様も、お久しぶりでございます」

「う、うん」

 バニラは正直初対面のじいさんだったが、そう言われたのでテキトーに相槌を打った。

「お相手がバニラ様と聞いて、驚きました」

「ベルシア、ちゃんと話聞いたのかい? たまたま俺が転びそうになったのを受け止めたバニラが魔法薬を被ってしまっただけなんだよ。だから、バニラとは何もない」

「ですが、これはあなた様のお父様から仰せつかったことですので」

「……やるつもり?」

「もちろんでございます」

 二人の間に妙な雰囲気が漂っていた。バニラには何がこれから起こるのか、さっぱりだった。


 ハインツは溜息をついた。まるでそれが合図だったかのように、ベルシアは突然床に正座し、手紙を取り出した。

「バニラ・フォーゼン・フランチスカ様ぁぁぁぁ!!!!!」

 地震が生きたのような振動だった。バニラは、あまりの爆音に、ちょっとびくっとした。

「この度は! 我がシュルツトディーフェン家のたった一人の愚息、ハインツ・アルトナー・シュルツトディーフェンが大変なご無礼を失礼しました!!!!」

「!!!」

 バニラはビックリしっぱなしである。ハインツは、いたたまれないのか、下を向いていた。

「バニラ様のお気持ちを揺るがした行為、罪に問われても可笑しくない行為! このバルフシア・ムーティース・シュルツトディーフェンの顔に免じて許して頂けないでしょうか!!!!!」

 ぶわぁぁぁぁぁ!!!!! と、まるで嵐のような強風を感じた。

 しかし、バニラはこの状況をまだ分かっていなかった。

(……は?)

 であった。

(まてまて、これは絶対裏がある。多分、昨日ぶつかって魔法薬を被ることになって申し訳なかった、っていう話なんだと思う。でも、その為にわざわざここまで謝る人いる? しかもあの手紙、ハインツの父親なんだろうけど……)

 バニラはうーん、と悩んだ。

 よく見ると、扉が開けっ放しだったせいか、生徒が見物している。これでは恥ではないか、とバニラは考える。

(恥……? あっ!)

 バニラは何とかひらめいた。これは、そういうことだ!

「全然失礼じゃないです。謝るなんて、そんな」

 バニラは自信満々に応えた。

「……はい?」

 しかし、周りの反応は凄く薄かった。

(あれ? これって、昨日バニラに恥をかかせた代わりに、ここで今恥をさらして謝りますって話じゃないの……?)

「つまり、許してくださる……と?」

 ベルシアは確認するように、言ってきた。

「許すっていうか、私はなんとも思ってないから」

「……は?」

 しかし、さらに状況を悪化させているのか、サロンの外で見ている数人の生徒が驚いているような、どよめくのような状況だった。

「ちょっと、バニラ! はやく許してあげてちょうだい」

 ハインツが小声でそう言った。

「あ、はい。許します」

 もう、訳が分からないのでバニラはあっさり許すことにした。その言葉を聞いたベルシアは安堵したように、立ち上がった。

「バニラ様は大切なご学友だと存じています。ですが、一応形式ですので、ご了承ください」

「……はい」

 バニラは許す、という言葉がそんなに大事なのかと思ったが、ベルシアが満足げに帰っていったので、良しとした。

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