第9話

 バニラは口を塞ぎながら、部屋を出た。放課後まで扉の前で待ち伏せしている生徒はいなかった。

 そのまま廊下を歩いて、バニラは中庭に向かった。さっき昼休みにトゥフィを最初に見かけた場所だった。そこには花壇があり、綺麗で小さな花が咲いていた。しかし、何本か茎は折れかけており、棒で添え木がされていた。

(庭師でもいるのかな……?)

 その花壇を見ながら歩いていると、校舎の壁が見えてきて、その窓がバニラの身長で調度見えるくらいの高さだった。

 そこから見えたのは、

(あれは……!!)

 そこから見えたのは、本棚。さっき不思議な本で見た背景にそっくりだった。

 バニラは校舎を回って、入り口に辿り着いた。入り口には図書館と書かれていた。他の校舎と違ってここは図書館だけの孤立した建物だった。

 バニラは嬉々とした面もちで、扉を開けた。

 本棚がずらりと並び、天井からも本棚がぶら下がっている。はしごが沢山あって、色々な所に机があり、様々なところで生徒が本を読んだり、静かに談笑していた。

 バニラが透明人間のまま扉を開けたので、数人が扉を見て首を傾げていたが、それだけだった。

 バニラは静かに本棚の中へ入っていった。こんなに大きくて、広くて本の数が多い場所は、図書館でも本屋でも見たことがなかった。

 バニラは本来の目的を忘れかけていた。口が開いているままにも気付かずに、ほへぇって感じで眺めていた。

「トゥフィ、また上級生に絡まれたの?」

「……そうだとしたら、何?」

(トモキきゅんの声!)

 バニラはすぐにトゥフィ声だと察知した。バニラのトゥフィ探知機の性能はめっちゃ高いようだ。バニラはすぐにトゥフィの居場所を突き止め、本棚越しにその姿を見守った。

 トゥフィはテーブルの上に、教科書やノートを広げて勉強をしていた。その向かいにも人がいた。

(あのゆるふわヘアは……!)

 トゥフィと話しをしていたのは、セイラだった。

「トゥフィってば、せっかく可愛い顔してるんだから、つんけんしていたらもったいないよ」

(分かる分かる、私としてもトモキきゅんには笑顔でいてほしいなぁ)

 バニラはうんうん、とセイラに力強く同意した。

「べつに、困ってないし」

「私はもう少し、トゥフィに学生生活を楽しんでもらいたいのになぁ」

「それは難しいよ。ボクには上がいる。あの貴族を超えないといけない……」

「あの貴族って、バニラ様のこと?」

 きょえっとか言いそうになったバニラは、何とか口許を抑えて耐えた。

(トモキきゅんが、私の話をしている……!)

「どうしても、学力では勝てない……」

「もう、トゥフィったら」

「ボクは、下級貴族でも一番を取れると証明したいんだ。身分関係なく、個人が認められる世の中を作りたいんだ」

「トゥフィは凄いね」

「まだだよ。もっと頑張らないと」

(トモキきゅん!! 君はなんて健気で努力家なんだ!)

 バニラは感動した。トゥフィは身分関係ない世の中を作ろうと、必死に努力をしている。

 もう、その姿を見るだけでバニラには十分だった。声を殺して、トゥフィの崇高な姿に号泣した。

 さっきからトゥフィを見るたびに号泣してないか、このバニラ。


 とにかくバニラにとって、トゥフィの存在は、推しと混合するほど同じ存在。遠くから見守るべき存在だった。バニラは今の話で、トゥフィに良く思われていないことに分かり、なおさら影で見守ろうと決心した。

「ちょっと、見てくる」

 トゥフィはそう言って席を立った。

「いってらっしゃい」

 セイラは見送った。

 トゥフィはバニラのいる本棚の向かいの通路を通って行く。バニラは音をたてないように注意しながら、トゥフィの跡をつけた。

 トゥフィは図書館を出て。さっきバニラが通って来た花壇の通りにやって来た。すると、手のひらに魔法で小さな水の固まりを出した。その固まりで花に水をあげた。

「ごめんね。守ってあげられなくて」

 トゥフィが慈悲に満ちた顔で申し訳なさそうに言った。その姿に、バニラはもう、震えた。

(トモキきゅん! もう何処まで君の心は美しいんだ!! 花をこんなふうに慈しむなんて!! あぁ! トモキきゅん!!)

 バニラはもう、聖母のようなトゥフィをとにかく拝んだ。

 何秒間と短かかったかもしれない、いや、数分くらいかもしれない。とにかく、ハッと気付いた時にはトゥフィはいなくなっていた。

 バニラは花壇の前にしゃがみ、その花に触れた。よく見れば、枯れた花はないし、水やりも花びらでなくちゃんと土にだけかかっている。

 しっかり、手入れがいき届いていた。

「いいなぁ」

(トモキきゅんに手入れされていて……)

「何がいいなぁ、なんです?」

「どわぁ!!!」

 突然耳元で声がして驚いたバニラは、声がした方と反対側に大きく飛んだ。

 そこにいたのはメイリスだった。

「バニラ様、探しましたよ」

「ご、ごめん」

「……魔法が使えるようになったからでしょうか、今日のバニラ様は少し、いや、かなりおかしいですね」

 うっと、バニラは顔を背けた。

「まぁ、良いのですが。あまり出歩かないでください」

 その時、鐘の音が鳴った。

「さぁ、帰りましょう、バニラ様」

「う、うん」

 バニラはそのまま、メイリスに連れられて校門の前に止まっていた馬車に乗った。

「……」

 バニラは、朝と同じ道を眺めた。すん、と頭が冷えていくのを感じた。

(これは、夢だ……。現実なわけないし、あり得ない……)

 自分の現実は、ここじゃないことを重々承知していた。

(この夢から覚めたら、私はどうなっているのだろうか……)

 バニラは、いや彼女は段々恐くなっていった。

(もし、これが神様が最期に見せてくれている走馬燈的な? 夢的なものだとしたら?)

「もし、推しと会えるのが最期だとしたら……」

 そう考えた瞬間、バニラの視界は水面が張ったようにぼやけた。顔を触ると、温かな滴が指に流れていく。

 バニラは、無意識に涙を流していた。

「……トモキきゅん……」

 バニラの脳裏に映るのは、アイぱらで課金して手に入れたイベントSSRのスチル。まだ完凸までいってなかった。でも、死ぬ前に一枚手に入れられたから、良かったのかもしれない。

(でも、本当にこれが走馬燈みたいなものだとしたら……)

(もう、怒った顔も可愛い顔も、何もかも、見ることが出来なくなる……?)

 バニラは、そこまで考えると、馬車から勢い良く飛び出していた。

「バニラ様?!」

 背後でメイリスの驚いた声が聞こえた。

(伝えなきゃ!! トモキきゅんに伝えなきゃ!!!)


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