第8話

 バニラは、トゥフィの声がする方へ静かに近づいていった。裏庭は、中庭からみて校舎を挟んだ反対側に位置していた。

 薬草の研究のためか、沢山の木々が生い茂り、人があまり近寄らない場所だった。バニラは木の陰に隠れて、声のする方を見た。

 そこには、先ほどの男達に囲まれるトゥフィがいた。

「お前、下級貴族のくせに生意気なんだよ」

(あいつら! 寄って集って、トモキきゅんを囲んで虐めるなんて!! 万死に値するぞ!!!)

「下級貴族はこの学校に通えるだけで名誉なことなんだぞ。これ以上この学校の格を落とすようなことするんじゃねぇよ」

(好き勝手言いやがって! 下級貴族とか何だし! トモキきゅんは最上級貴族だっての!!!)

 バニラはぎりぎりと歯ぎしりをして、様子を伺っていた。

 トゥフィは無言で男達の言葉を聞いていた。

「おい! 何とか言ったらどうなんだ!!」

 男の一人がトゥフィの態度が気に入らなかったのか、彼の肩をどんっと押した。

「!」

(トゥフィきゅんに触れるなんて! 処刑案件じゃん!!!)

 バニラは出ていくか、出ていかないか、めちゃくちゃ悩んでいた。

「……るな」

 トゥフィが小さな口を開いた。

「あ?!」

(トモキきゅん!!)

 バニラは、耐えきれなくなって出て行こうとした時だった。

「僕に気安く触るな!!!」

「?!」

 その瞬間、たちまち青い炎が立ちこめた。

(な! ななな何事?!!!)

「あっつ!!」

 バニラはその炎の熱に圧倒され、木の陰に戻るしかなかった。

 バニラは熱さに目を閉じた。

「うわぁ!」

「ぐ!!!」

「何だよこれは!!!」

 男達の悲鳴が聞こえた。火に包まれて、何が起きているのか分からない。

バニラは、熱を感じなくなってから恐る恐る瞼を開いた。 

 先ほどの男達は服が所々焼けて破れ、倒れていた。

「……どこに、そんな魔力が……」

「くそ……、下級貴族のくせに……!」

「中級貴族なのに、僕の魔法にも太刀打ち出来ないなんて、君たちの方がよっぽどこの学校の格を下げているんじゃないのか」

 トゥフィは、男達を冷めた目つきで見下ろしていた。トゥフィの魔力はそこらへんの貴族より、よっぽど強かったのだ。

 バニラは口に手をあてて、はわわわ……と感動していた。

(トモキきゅん……! 格好良い!!!!)

 バニラは新たな一面を見て、更にトゥフィにメロメロになった。

 そして去っていくトゥフィを、バニラは密かに追うことにした。


「と、尊い……存在が、神……、あっ、リス! そこ代われ!」

 トゥフィの跡を付けたバニラは、そこでとんでもない推しのぎゃんがわいい姿を目撃することになった。

 トゥフィはいちゃもんを付けてきた男達を成敗した後、裏門から外に出た。裏門の外は道の左右に結構な雑木林が広がっている。

 その林の中で、トゥフィはパンを食べ始めた。すると、どこにいたのか沢山の動物たちが集まってきたのである。

 バニラは気付かれないように、遠くから眺めるしかなかった。何かないかと、制服のポケットを探ると、なんと! オペラグラスが入っていた。

 バニラはオペラグラスを構えて、トゥフィを見守った。あくまで見守りである。決してストーカーではない。

 すると犬に猫に小鳥が近寄ってきて、リスなんかはトゥフィの肩に乗ってきた。

「かわいいにかわいいはただの暴力!」

 何より、その中にいるトゥフィの笑顔が眩しすぎるのである。

「控えめに言って最高……」

「ここで死ねたら本望……」

「笑顔が天才……」

「SSRしかない……」

「守りたい、あの笑顔……」

 バニラはブツブツと、呪文のように心の声を漏らした。

 しかし、その幸福の時間も長くは続かなかった。トゥフィの昼食は小さなパン1つだった。しかも、欲しそうにしている動物に分け与えていたので、直ぐに食べ終わってしまったのである。

「慈悲が、つおぃ……」

 バニラは感動の余り、号泣した。

 とにかく、尊い時間だった。


「バニラ、どこにいたんだい?」

 校舎に戻ると、ハインツが笑いながら話しかけてきた。しかし、その目は笑っていなかった。

「ちょっと、外の空気が吸いたくて……」

 バニラは小さな声で答えた。

 ハインツは生徒会の話からサロンに戻り、もぬけの殻の状態を見て、本気で焦った。

 追いかけっこの騒動を耳にして、探したものの既に終わった後で、まさか誘拐?! なんて考えていた矢先である。

 ハインツは安堵したものの、すぐに怒りが沸々とわき上がってきたのである。

(く~! 人目がなかったら怒ってるのに!!!)

ハインツは頬を引きつらせつつ、目でバニラに訴えた。

「す、すみません……」

 バニラもさすがに言いたいことがわかったので、ハインツに謝った。

 その後の授業もずっと座学だった。とうとう最後の授業も終わり、放課後に突入した。 

 昼と同じサロンに行き着いたバニラとハインツ。

「いい? あんた、目立つんだから、メイリスが来るまでいつもみたく本でも読んで静かにしてなさいね!」

「は、はい」

「じゃ、私は部活に行くから」

 バニラは一人、サロンに取り残された。

 ということは、バニラは部活に入っていないという事なのだろう。だが朝の登校といい、昼の追いかけっこの事を思い出すと、まともに部活なんて出来ないんだろうな、ってバニラは思った。

 バニラの中の人は、今までの人生でモテた試しがなかった。モテル人の苦労が今日1日でなんとなく分かった。なんていうか、自由がない。 

 バニラがモテる理由は、容姿だけではない。何度か聞いた上級貴族とか下級貴族とかっていうのが、関係している。身分の高いに人に取り入ろうとする、そういう考えの人が、バニラにどうにか気に入られようとしているのだ。

 バニラはそれが何となく分かってしまった。だからこそ、謎なのである。

「……どういう深層心理なんだろう……」


 バニラが幽閉されているサロンの壁には、本棚がずらりと並んでいた。

 本を何冊か手にとって、ぺらぺら捲る。読める日本語だったが、読む気になれなかった。

 何冊目かの本を捲ったとき、その本は恋愛に関するジンクス的な本だった。そこに、近くに思い人がいると本の中に映像が映るというものだった。

「トモキきゅん!!」

 そこに見事にトゥフィが映っていた。

 バニラはばっと、本が鼻にくっつくくらい、近くで見た。

 本がたくさんあって、その中の机で何やらものを書いている。

「図書館……的な?」

 バニラにとって登校日1日目の学校であったので、まだどこに何があるのか分かっていなかった。

 すぐ会いに行こうと思ったバニラだが、自分が動くとまた誰かに追いかけられる可能性がある。

 何か、人に見られない方法はないか、とバニラは身体をまさぐった。胸ポケットにはさっき使ったオペラグラスの他にペンが入っていた。

「……これじゃぁなぁ」

 バニラはペンを眺めた。キャップを外してみたが、ただのペンのようだ。しかし、よく見るとそのペンの真ん中辺りにおかしな切れ込みがある。その部分を境にして左右に回転した。すると、何度か回転したところで、カチッと音がした。

「……?」

 一体何ための音だったのか、バニラは分からずにペンを見つける。何となく視線を下げると、よく磨かれたテーブルに違和感を感じた。

 バニラの影が全く見えなかった。

 入り口付近の壁にある鏡を見ると、見事に何も映らなかった。

「これは……!」

 そう喋った瞬間、しゅんっとバニラの姿が鏡に映った。

(なるほど……)

 このペンは魔法のペンだった。喋ると多分効果が切れる。

 それだけ分かれば、バニラは実行あるのみだった。

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