第7話

「ちょっとバニラ! あんた!」

 サロンと呼ばれる豪華な部屋で、昼食を摂ることになったバニラとハインツ。

 ここはバニラの為に用意された部屋だった。入れるのは、バニラとハインツと給仕をする執事だけだった。

 そこで、ハインツが席に座るなり、どこぞの世話焼きおばちゃんみたいな口調で話し出した。

「いつの間に魔法が使えるようになったのよ!」

「……いやぁ、まさか使えるようになってるなんて、全く気付かなかったよ。あはは」

 正直、バニラはどんな態度が正しいのか分からなかったので、冗談交じりに言ってのけた。

「本当にビックリしたんだから! 通りで朝から様子が可笑しいわけね!」


「お待たせいたしました、本日の昼食でございます」

(この声……)

 バニラが顔を上げた先にいたのは、三橋先輩だった。

「ねぇ、メイリス。あなた知ってたの?」 

 ハインツがそう言って話しかけた。

「何の話でしょうか?」

「バニラが魔法を使えるようになったこと!」

 そうハインツが言った瞬間、メイリスは持っていた皿を落とした。ぱりーん! と音を立てて割れる皿。

「ちょ、ちょっと、大丈夫?」

 そんなハインツの言葉にも、メイリスは直立不動のままだった。

「な、なんて仰りました……?」

 なんとかして絞り出したメイリスの声は、震えていた。さらに、目に涙を溜め始めたではないか。

「まさか、ば、ば……バニラ様が……、魔法を……?」

 うるうるした瞳を向けられ、バニラは何度も頷いた。その瞬間メイリスはハンカチを取り出し、目に当てた。

「つ、遂に……やっと、この時が来ましたか……!」

 およよよよ、とメイリスは静かに涙を流した。

(そんなに? 泣くほど感動することなの?)

 たぶん喜ばれているのだろうけれど、何だか泣き方が静かすぎるせいで、通夜みたいな雰囲気がした。

「おめでとうございます、バニラ様。心より、お祝い申し上げます……本当に、心から……」

 そう言って、メイリスはバニラにお辞儀をした。

「ありがとう、メイリス……」

 バニラは、何だか申し訳なくなってきた。夢とはいえ、今のバニラはバニラではない。自分の設定もプロフィールすら分かっていなかった。


 その後、メイリスはランチを運んできた。ごくありきたりなカルボナーラだった。割れた皿の代わりの食器も料理のあったらしい。

 味はしつこくなくて、食べやすい。お腹が空くという感覚が夢の中だからか、あまりなかったので、バニラはハインツに合わせてゆっくり食べた。

 もう少しで食べ終わる、という頃。

「ねぇ、バニラ。ちょっと気になったんだけど、保健室でアタシが来る前に何かあった?」

 少しだけ、真剣な顔をしたハインツがそう尋ねてきた。

 そう言われて、バニラはトゥフィを思い出す。

 可愛い寝顔に大きな瞳。極めつけに、煽りの構図。どの場面を切り取っても、常に最高のプロポーションだった。

(きゃわいかったなぁ)

「ちょっと、聞いてるの?」

「あ、ごめん。えっとね……」

 ハインツはバニラよりはこの学校の事情を知っているはずだし、トゥフィと聞けば何か有益な情報を聞き出せるかも、と思った。

 しかし、コンコンコン、とドアをノックする音がした。

「失礼します。ハインツ様、生徒会の件で少しお聞きしたいことが」

 扉の外から生徒の声がした。

「……分かった。今行くよ」

 一瞬にしてハインツが外の顔と口調を作った。

(切り替えはっや)

 上品に最後の一口を食べ終え、席を立つ。

 突如高貴をまき散らすハインツの姿を、バニラはまじまじと見てしまった。

 ぱたん、と扉が閉まると、一気に部屋の中が静寂になった。そもそもここにはバニラとハインツしかいなかった。あと、メイリス。そんなメイリスも部屋の隅で待機しているだけ。

 さらに、バニラが食事を済ませると、その食器を下げて「失礼します」と部屋を出ていった。そして、バニラはぽつんと一人取り残されたのである。

(自由時間……?)

 バニラは席を立ち、まずは窓の外を見た。窓の向こうは中庭のようで、手入れのいき届いた薔薇の庭園になっていた。

 そのベンチで何人もの生徒が座って談笑しているのが見える。主にお嬢様が楽しそうにおほほ、と口に手を当て、扇子を当て、上品に振る舞っている。

 そう眺めていた中で、バニラの視力が遠くである人物を捕らえた。

「あれは!!」

 ばん! と窓に両手を押しつけた。

 庭園の奥、校舎の影になりそうな所にトゥフィが見えた。バニラのテンションが一気に爆上がりする。なんてたって、動いて息をしてる推しなのだから。

 しかし、その背後にガタイの良さそうな生徒が数人で包囲網を作っていた。なんだか不穏な空気を感じる。しかも、そのまま建物の影に誘導されていった。


「な!!!」


(トモキきゅんが危ない!!)


 バニラは急いでサロンを出た。

 その瞬間、

「バニラ様!」

「バニラ様がサロンから出られましたよ!!」

「バニラ様!!」

「うわっ!!」

 バニラは小さく叫んだ。

 朝のアイぱら1年ズがサロンの前で待ちかまえていたのだ。バニラにとって想像していなかった状況だった。

 バニラはバニラで勢い良くサロンから飛び出て走り出したので、止まろうかと思った時には鬼ごっこが開幕していた。

「どっちだ?!」

「こっちです!!」

(なんで私が追われる側なんだ! どう考えても私は追っかける側の人間だぞ! トモキきゅんの尻を!)

 そんな事を考えながら、バニラはがむしゃらに走った。とにかく外に出られれば、バニラには勝算があった。

 そして、バニラの目の前に緑の生い茂る庭が見えた。中庭とは反対側のようだったが、急いで木に突進して行った。

「見失った?」

「いや、まだ近くにいるはずです」

「どちらへ行かれたのでしょうか……?」

 近くで声がする。しかし、バニラは勝ち誇った笑みを浮かべた。

(やはり、貴族の坊ちゃんは考え方が甘いな! まさか、あのバニラ様が木の上にいるとは思わないのだろうよ!)

 そう、バニラは木登りをして、葉の茂みに隠れていたのである。声や足音が遠ざかるのを確認してから、バニラは木から降りた。

 軽く溜息を吐いた後、ハッと我に戻って中庭に行こうとした時だった。

「何の用でしょうか」

(この声は……!)

 裏庭の奥から、確かにトゥフィの声が聞こえた。


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