第6話

 バニラは、魔法が使えない上級貴族として有名であった。

 貴族で魔法が使えないのは、それはそれは不名誉なことだった。しかも、魔法出現の適齢期をとっくに過ぎていて、もう魔法が出現することはないだろう、と誰もが思っていた。

 それが何の前触れもなく、教室の平凡な授業の場で突然魔法を使った。普通なら、もっと本人が驚いたり、何かアクションを起こすところだろうに、バニラは平然としていた。

 周りの生徒は、その様子にさすがバニラ様、と思う者もいれば、気取っているいけ好かない奴、と思う者もいた。 

 そんな状況を全く把握していないバニラは、その後も淡々と授業を受け続けた。

 ちなみにいうなら、さっき発熱があって倒れたのは、魔力が現れたという兆しだった。

 

 まだ授業は続いており、バニラは授業を聞きながら他にどんな魔法があるのだろうか、と教科書をなんとなくパラパラ捲っていた。

 すると、あるページで目が止まった。

 『貴族の婚姻制度』という項目。さらに言うなれば、『男性同士の結婚』という言葉。

 ぎゅん! っとバニラの目がその言葉にいったのは言うまでもない。百合を頂けるのだから、薔薇がおいしく頂けないわけなかろうなのだ。

 プラハはポニテ教師の話が耳に入らないほど、その項目を集中して読んだ。

 『貴族は、親から1人しかその地位を継承出来ない。次男以降は原則、女性と結婚して子孫を残す事が許されない。そのため、男性同士の婚姻が許されている』


(えぇぇぇぇ?! ま? それ、ま?)


 バニラは危うく教科書を落としそうになった。それもそうだろう。いきなり、BL小説みたいなご都合展開を投入されたら、誰もが同じ反応をするはずである。 

 むしろ、発狂せずに心の叫びで抑えられた事が奇跡だろう。

 というか、期待しか持てなくなるのである。

 バニラは、さっきのハインツの話を思い出していた。


 ――いいわよねぇ。好きに恋愛できるんだから。上級貴族で、こんなに美人で頭が良いときたら、落ちない男はいないわ!


(さっきのって、そいういう意味?!)


 バニラはさらに驚きと歓喜にわなわなと肩を奮わせた。

(これは、トモキきゅんとワンチャンあるのでは……?)

 しかし、厳しいポニテ教師の目はそんなバニラを見逃さなかった。

「バニラ・フォーゼン・フランチスカ」

 突然、ポニテ教師がバニラの名前を呼んだ。教室内の温度は一気に冷たくなり、緊張感が高まった。

 ハインツに肘でつつかれ、バニラはやっと教科書から顔を上げた。

 バニラはま? ま? と心で呟いていたので、名前を呼ばれた事にも気付かず何が起きたのか理解していなかった。

 何だろう、とバニラはポニテ教師に目を向ける。すると、バチッとポニテ教師と視線がぶつかった。

「……」

 無言の真顔睨めっこが幕を開けた。

 周りから見ると、にらみ合いである。

 ハインツは、表情には出さないものの、心の中ではあわわわわしていた。

(もう! バニラったら、また喧嘩腰になっちゃって!)

 どうやら、バニラとポニテ教師は因縁があるらしい。そんな事など露知らず、バニラはただ自分に向く視線を真っ向から受け止めていた。


「バニラ・フォーゼン・フランチスカ」

 返事がないので、ポニテ教師はもう一度バニラを呼んだ。

「はい」

 流石のバニラも今度はちゃんと返事をする。

「貴殿は私の授業が退屈と見える。特別に問題を出してやろう。黒龍の怒りを鎮める方法は何か、5つ答えよ」

 その問題を出された瞬間、周りがざわめいた。本日2回目である。

(黒龍の怒りを鎮める方法って……、昨日発表されたばっかりの研究重本じゃないの!)

 ハインツはごくりと唾を飲んだ。

 研究重本とは、長年の研究結果をまとめたぶ厚い本である。その本を通常の人が読むには、数日かかる。

 しかしその質問をするということは、ポニテ教師は昨日発売された研究重本をすでに読み終わっているということになる。

(さっすが、シェイルーガル先生!)

 ハインツは心の中でポニテ教師ことシェイルーガル教師を、キラキラした目で見ていた。


 バニラは、真顔でシェイリーガル教師の言葉を聞いていた。勿論、そんなの知らないし、研究重本なんていうものも知らない。

(……は?)

 である。

 しかし、周りはシーンとしている。生徒達がバニラに向けるのは、期待のような不安のような視線だ。

 バニラはこの質問を聞いてざわついた教室内から察するに、いじわる問題だと考えた。

(普通に今、私はよそ見をしていた。それをポニーテールイケメンは見ていた。……普通に注意をするのでなく、何故こんな問題を出すのか……? あ、そうか!)

 バニラはひらめいた。ひらめいたのは、問題の答えではない。

(難しい問題を出して、答えられるか試してる! だって、バニラ・フォーゼン・フランチスカは首席なんだから! この問題を答えられて当たり前。答えられなかったら、恥をかく。そういうことね!)

 シェイルーガル教師がバニラに恥をかかせようとしていることに気付いたバニラ。口許が緩んだのは言うまでもない。

(あいつ、笑ってるだと……!)

 その様子を見て、シェイルーガル教師は少し動揺した。

(昨日授業が終わって、急いで買いに行き、徹夜しても半分しか読めなかったあの本を、あいつは全部読み切ったというのか? ……しかし、あれははったりなのかもしれん! でも、もし知っていたら……逆に最後の項目辺りの質問を返されたら……!)

 シェイルーガル教師はそこまで考えて、問題提示をとりやめようか検討してる中、バニラは焦っていた。

(何故バニラの身体なのに、考えが降ってこない?!)

 バニラは、いや、バニラの中の人は、彼の思考が降ってこないことに焦りを感じていた。

 当たり前である。

 今のバニラがバニラなのだ。


 そして、数秒待ってみたものの、何もバニラの頭の中に答えが現れなかった。

 バニラの中の人は、黒龍のことすら知らないのだ。答えが分かるはずがない。知らないものは知らないものである。

 こうなったら、答え方なんて一つしかない。

「分かりません」とバニラが言おうとした瞬間、

「結構。貴殿にはまだ早い問題だったようだ」

 シェイルーガル教師は時間切れとばかりにそう告げた。

 本来、ここでもし本当にバニラが知っていたら意地でも答えるところである。

「……」

 しかしこのバニラ、そんなこと知らない。むしろ時間切れで、何も言わずに済んだとほっとしているところである。

 その姿に、シェイリーガル教師は目を見開いた。そして、次の瞬間肩を震わせた。

「ふふふふふ、ふふふふ……」

(あいつ……、もしや今回の研究重本をまだ読んでいなかったのか?! あ……、あぁ、あの天才児バニラ・フォーゼン・フランチスカが! ついに!!)

 シェイルーガル教師は心の中で大いにガッツポーズをした。

 このシェイルーガル教師、実は自分を天才だと思っていたナルシストである。天才的な頭脳に加え、高身長で程良く筋肉のついた肉体美。自負して管理しているからこそ、より輝くその容姿。

 そのプライドが、バニラによって傷付けられたのは、半年前。彗星の如く現れた天才児。入学試験から常に試験は毎回満点、そして色素の薄い美しい容姿。さらにはミステリアスな性格。

 たまにいちゃもんを付けて、今のように最新の問題をバニラにぶつけることがあった。しかし、その度にバニラは完璧な回答をしてみせていたのだ。

 そんな心情を知らないバニラからすれば、突然笑い出すシェイリーガル教師は変な人である。

(えっ、何?!)

 突然不気味に笑い始めた姿に、バニラだけでなく生徒全員が若干引いていた。その視線に気付いたのか、シェイルーガル教師はっと我に戻りごほん、と咳払いをした。

「そうか。ならば、しっかり授業を聞くことだな。バニラ・フォーゼン・フランチスカ」

 バニラはシェイルーガル教師が満足げに見えたので、なんだかどうでも良くなった。

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