第5話

 コンコンというノックと共に、また部屋に誰かが入ってきた。

「バニラ、そろそろ授業が始まるよ」

 その正体はハインツであった。

「あ、うん……」

 バニラは、1番の推しに会ってしまったせいか、2番推しのるかちゃんことハインツを見ても、もう発狂することはなかった。

「あの、バニラ……」

 ハインツが周りを確認した。

「ん?」

 バニラは何事か、と首を傾げる。 


「……んもう! 心配したんだから!」


 すると、ハインツはぷりぷりと起こりだした。

「えっ」

 ハインツの突然のオネェ言葉に、バニラは驚いてしまった。

(めっちゃオネェじゃん! さっきまでの高貴キャラどこいったの?)

「何? どうかしたの?」

 驚いたバニラを、ハインツは不思議そうに見る。この口調はハインツにとって当然らしい。

「いや、その話し方……」

 バニラがそう言うと、ハインツの顔色が変わった。

「アタシの話し方がなんですって……?」

 鬼のような形相に、バニラは触れてはいけない話だったのだと思った。

「その話し方、す、好きだなぁっと思って……」

 バニラは顔をそらしながら、苦し紛れにそう言った。

「あらやだぁ! 嬉しいこと言ってくれるじゃない!」

 ハインツは一瞬で鬼の形相から照れ顔になった。イケメンが頬を赤らめる顔は最強過ぎる。白飯3杯はいける。

「それはそうと、今まで無視ばっかりしてたくせに、どうして話しかけようと思ったの?」

 恥ずかしさを隠すように、ハインツはバニラに言った。

「え?」

「とぼけても無駄よ。あの子達に朝から声かけれるのが鬱陶しくて、自分が声をかけるまで静かにしろって命じてたじゃない。中級貴族の子だっていて、ハラハラしてたんだから」

 どうやら朝の1年ズのことを言っているようだ。バニラはそんな裏設定があったのか、とふ~んと聞いていた。

「もう、水くさいわね。好きな子でも出来た?」

「へ?」

「いいわよねぇ。好きに恋愛できるんだから。上級貴族で、こんなに美人で頭が良いときたら、落ちない男はいないわ!」

(落ちない……男? 女じゃなくて?)

 バニラは疑問に思ったものの、変に何か聞こうとすると、ややこしいことになりかねないので、黙っていた。


 バニラはハインツと教室に行く途中、壁に掛かった紙を見つけた。そこには、『試験結果』と書かれていた。

 その1番上には『1位 バニラ・フォーゼン・フランチスカ』とあり、思わず立ち止まった。

「あら、バニラが順位確認するなんて珍しいわね」

「これ私?」

「あんた以外のバニラ・フォーゼン・フランチスカがどこにいるっていうの?」

「へぇ」

 バニラはハインツがさっきいった「上級貴族で、美しくて頭が良い」という言葉を思い出した。

(バニラすごっ!)

 どうやらバニラは才色兼備らしい。しかも『上級貴族』。バニラにはその意味をちゃんとは分かっていなかったが、きっと良い身分なのだと思った。

 そして、バニラの下には『2位 トゥフィ・エレモンド』とあった。

(トゥフィ……!!)

 バニラはさっきのトモキきゅんの事を思い出した。彼はふわふわ令嬢に「トゥフィ」と呼ばれていた。

(トゥフィ・エレモンド……! どことなくトモキきゅんに名前が似ている! 夢ならトモキきゅんのままでも良かったのでは……?)

 バニラは完全にトゥフィをトモキきゅんだと思っていた。

 そのまま試験結果を見ていき、『5位 ハインツ・アルトナー・シュルツトディーフェン』という長ったらしい名前を見つけた。

(なっが)

 バニラは思わず、心の中で呟いた。そうやって、じろじろと順位の紙を眺めていると、鐘の音がなった。

「あらやだ、教室に急ぎましょ!」

 ハインツが小走りを始め、バニラはその後に続いた。



 魔法の実践の授業を受けることになったバニラは、静かに授業を聞いていた。ありがたい事に教科書の字は日本語で、理解できるものだった。

「今日は教科書の570ページ、変形魔法の実践授業を行う」

 そう言って教壇に立った教師は、若い男性だった。アイぱらのキャラクターではなかったが、どこぞの女性向けソーシャルゲームにいそうな美麗な顔立ちをしていた。

 青黒い長い髪をポニーテールにしており、切れ長の赤い瞳が印象的。背は190センチくらいはありそうだ。

 女子生徒が後ろで小さく黄色い悲鳴を上げていた。

 ついでに隣のハインツも何だかそわそわしていた。

(もしや……?)

 バニラは、ハインツがこの教師に好意的な事に秒で気付いた。

 ポニーテール教師は変形魔法についての説明をした後、コインを腕輪に変わてみせた。

(魔法すげー!)

「このように、質量が同じなら他の物体に変えることが可能だ。さぁ、実践してみろ」

 各生徒の前に金貨が置かれる。バニラは、魔法の出し方が全く分からなかったので、どうしたものか、と考えた。

 隣のハインツは、金貨を掴み手のひらに乗せた。目を瞑り、何かを想像しているのか、しばらくすると手の平が光り始める。

 すると、金貨がゆるゆると形を変えて、指輪になった。

「こんなものかな」

 さっきまでのオネェはどこへやら。高貴を纏うハインツが、得意げに言った。

 バニラも負けていられない、とハインツと同じように手のひらに金貨を置いた。 ふぅ、と息を吐いてから手に力を入れる。

(指輪になれ~! 頼むから、なってくれ!)

 バニラが必死に念じると、金貨が光った。

(おっ!)

 その瞬間、教室内が突然ざわめいた。 


「嘘っ!」

「バニラ様が……!」

「ま、魔法だわ!」

 口々にそういった声がした。バニラは生徒の視線を浴びて、何事かと周りを見てしまい、バニラの魔法は切れた。その手のひらには、ほんの少しだけ曲がった金貨があった。

(しょ、ショボい……)

 バニラは落胆したのだが、周りはそれどころじゃなかった。

「バニラ! いつの間に魔法が?!」

「え?」

 ハインツが驚いていた。

「ついに、あのバニラ様が……!」

「魔法を使えるようになったのね……!」

 緊張感が走る。周りの様子は尋常ではない。バニラには、これがやらかしてしまったのか、良いことなのか、検討がつかなかった。

「バニラ! おめでとう!」

 しかし、ハインツが喜んでくれた。

 たぶん、良いことなのだろう。バニラは、ほっとして胸をなで下ろした。

「静粛に!」

 教室内の騒ぎに、一喝が入る。シェイルーガル教師は、授業を騒がす不届き者を見えるような目でバニラを見ていた。

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