第4話
「ほわちゃぁ!!」
バニラは奇声と共に起きあがった。
(あれ……?)
バニラは白いカーテンに囲まれたベッドの中にいた。今度こそ病院かと思ったものの、手を見て細い男のものだと分かった。
まだ夢から覚めてなくて良かったのか、良くないのか、分からない。正直既にお腹一杯な状態である。
そもそも2番目の推しであれである。1番の推し、トモキきゅんに会ってしまったらどうなるやら……。
(いや、会えるなら会いたいけど会ったら絶対醜態を晒す。いや、でも握手とサインは貰いたい。いやいや、そもそもこれ夢だし、そんな都合良くトモキきゅんが現れるわけないだろ。まぁ、るかちゃんはいたけど)
なんてことを考えながら、バニラはすくっと立ち上がり、カーテンを開いた。
「わっ、失礼しました……」
カーテンの先にもベッドがあり、そこには人が寝ていた。まさか隣のベッドとのしきりだと思わなかったので、バニラは驚いた。
そう言ってカーテンを閉めようとしたのだが、寝ている人の顔を見て、二度見、いや三、四度見はした。
「え……うぇっ?」
バニラは思わず辺りを見渡し、自分の顔をぺちぺちと叩いた。夢だけど、夢でないことを確認していた。は?
「ぃゃぃゃぃゃぃゃ……っえ……?」
更にバニラは髪を引っ張り、痛いことを確認。更におでこにデコピンをした。
「ふ、ふつうに痛い……」
バニラは、まだベッドで寝ている人を信じられないようだった。
「すぅ――――――」
しかし、じっと彼を見つめた後、バニラは鼻から胸一杯に空気を吸った。そして、自分のいたベッドの布団に顔を勢いよく埋めた。
(きちゃ―――――――――――――――――!!!!!!!)
バニラは、その布団の中にふがぁっと心の声を爆散させた。ばたばたと手も布団に叩きつける。
そして、数分そうやってのたまわり、やっと顔を上げた。興奮状態から冷静に戻ったバニラは、賢者モードとなっていた。
バニラはしずか~に、忍び足で隣のベッドを覗き込んだ。
「ほわわわわぁぁぁ……」
思わず声が漏れる。
少し丸みをおびた顔に幼少期特有の幼さが残っている。少し太い眉がやや下がり、大きな瞳を覗かせるであろう瞼の上には想像以上に長いまつ毛があった。
ふわりとしたブルネットの髪が少々色の白い頬を撫でている。どうやら、相手は気分が悪くて眠っているらしい。
「はわわわわ……」
口許に手を当ててもやっぱり漏れ出してしまう。それもそうだ。
だって、この寝てる子は……。
(トモキきゅうぅぅぅぅんんぬあああぁぁぁぁぁぁぅう!!!!!)
バニラは天を仰ぎ、盛大に仰け反った。
バニラ、いやバニラの中の人なのだが、彼には、いや彼女なのだが。段々なにを言っているの分からなくなってきた。
とにかくバニラの中の人が事故った原因は、トモキきゅんだということを覚えているだろうか。
アイぱらで、一番大好きな推しの白石トモキきゅんが目の前にいる状況である。
それが、どれほど彼女に、いやバニラにとって衝撃的であるのか、しばしおつき合い頂きたい。
バニラは寝ている彼の前に膝をついた。
トモキきゅん似の少年の胸は、呼吸によって上下している。
(生きてる!!!!! 息をしていらっしゃる!!!)
静かにベッドサイドに移動し、ひょこっとトモキきゅんの顔拝んだ。
(すあぁぁぁちるぅぅぁぁぁああ!!)
さっきからバニラの心の声がめちゃくちゃうるさい。ちなみに、今の叫びは「スチル」と言いたかったらしい。
すぅすぅと寝息をたてているトモキきゅん。天使のような後光が見えるほど、可愛らしい寝顔。しかも、生きているのである。呼吸をしているのである!
(と、尊い……)
目の奥が熱くなり、ずんと鼻の奥が重くなる感覚がした。バニラは、すぅーっと、涙を流していた。
そんな時だった。ぱちっと、なんの前触れもなくトモキきゅんの可愛いおめめが開いたのだ。
「!」
トモキきゅんは、一瞬にしてがばっと起きあがった。
バニラはトモキきゅんの予兆のない動きに、何も出来ずに固まっていた。数秒二人の時は止まった。そして、トモキきゅんの可愛らしい唇が開き、何かを発しようとした瞬間、
「失礼します」
誰かが部屋に入ってきた。声から察するに女子だ。その瞬間、トモキきゅんがバニラの腕を引っ張った。
「ふぉっ」
ばふん、とバニラは布団の中に引きずりこまれた。
その瞬間、シャッとカーテンが開く音がした。
「トゥフィ、まだ駄目そう?」
トモキきゅん似の彼の名前はトゥフィといった。
「……セイラ、せめて声をかけてからカーテンを開けてくれないかな」
「ご、ごめんね。私、せっかちね」
セイラ、と聞いてバニラはさっきの令嬢達を思い出した。
(朝の百合劇場か!)
朝、カトリーヌ様と一緒にいた、ふわふわお嬢様だ。
「ううん、呼びに来てくれてありがとう。だいぶ調子戻ってきたし、先に行ってて」
バニラは、トゥフィの太股に乗っかっていた。
トゥフィから良い香りがしたし、彼の太股の感触を感じられている、この状況。
(キャ――――――――!!!!! センシティブ!!! センシティブよぉぉぉぉぉ!!!!!!)
この状況で、バニラが興奮しないわけがないのであった。
太股の上でぷるぷるしているバニラの感触に耐えながら、トゥフィはぎこちなくセイラに笑いかけていた。
「……うん。わかった」
(この、ふにふにの太股、想像したままのさわやかトモキきゅんの体臭……これは、本物!!! 一生分の運使い果たしたよね? 死ぬの? 私死ぬの? 今日が命日なの?)
バニラは目をぐるぐるとさせた。
(いや、でもこの太股……、どうせ死ぬなら永久就職したい!!!)
しかしこのバニラ、発想が変態であった。
そんな事を考えている間に、ばたんと扉が閉まる音がした。
その瞬間、がばっと布団が剥がされた。
「不快です」
そして、絶対零度のような冷たい声がバニラの頭に降ってきた。
「へ?」
さらにトゥフィの軽蔑的な視線が、バニラに突き刺さった。
白石トモキというキャラクターは、努力家の少年だった。そして、プロデューサーであるユーザーのことを慕う、健気できゃわいい子であった。
そんな彼と同じ顔のトゥフィが、バニラを見下ろしてめちゃくちゃ嫌悪の感情をむき出しにしている。
「貴方と一緒にいるところなんて、見られたくなかったんです。ほら、さっさと退いて、消えて下さい」
さっきまで後光が差していたはずなのに、今ではゴゴゴ……と背景に闇が見えている。
(ぉお、怒ってるの? あのトモキきゅんが、怒ってるの?)
バニラはトモキきゅんとのギャップについていけず、宇宙ネコを決め込んでいた。
呆然としているバニラの様子に、トゥフィは溜息をついた。
「……いなくならないなら、ボクが消えます」
「……あっ、」
バニラは太股の感触を失い、名残惜しそうにトゥフィのおみ足を見つめていた。
いや、変態か。変態だな。
トゥフィが行ってしまった後、バニラはハッと気付いた。
「これが初見殺しってやつかぁ……」
……たぶん違うと思う。
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