第3話
「バニラ様、到着しました」
「……あ、はい」
バニラの中の人は、夢の設定通りバニラになりきろうと決心していた。
(私はバニラ! 私はバニラ!)
そもそもバニラって誰? とは何度も考えたが、夢なんてそんなものだと深く考えるのをやめた。
夢は深層心理のみせるものだというが……。深く考えるのをやめた。
馬車から降りると、目の前には大きな正門が立ちはだかり、その奥にはヨーロッパにありそうな白塗りの絢爛な建物が並んでいた。
まぁ、ファンタジー世界のそれだ。
洋服や馬車が出てきた時点で、バニラの中の人があまりやらないファンタジー系の世界観なのは分かっていた。
そして、今もう一つの新事実に気付く。
門の柱に刻まれた文字。有り難いことに日本語だ。
(セルリウス魔法学園……魔法?!)
これは、どう考えても魔法を教える学校という意味にしか解釈できない。つまりそれはこの世界に魔法があるということ。
(アイドル要素皆無じゃん!)
自分の深層心理どうなってるの? と思いながら、呆然と立ちつくしていると、三橋先輩から声がかかる。
「行ってらっしゃいませ、バニラ様」
「い……行ってきます」
三橋先輩が執事らしく礼をする。
バニラはおどおどと歩を進めた。夢のわりにはリアルで緊張感がある。
同じように学校に入っていく生徒もちらほら。女子生徒もいるから共学みたいだ。目の前を歩いていた女子生徒が、誰かを見つけたのか、粗相のない程度にゆるくスカートを持ち上げて小走りをした。
「カトリーヌ様、おはようございます」
「あら、おはようセイラさん。そんなに慌ててどうしました?」
振り返ったカトリーヌ様は、金髪立てロールヘアで、上品な顔はいかにもなお嬢様だった。セイラさんはそこまででないとしても、茶髪のふわふわヘアで可愛らしい顔をしていた。
「えへへ、前をカトリーヌ様が歩いていらっしゃったので、声を掛けたくて……」
てれてれするセイラさんを見て、微笑ましく笑うカトリーヌ様。
あらあらあらあらあらあら。
(そういうことかしらん?)
バニラの頭に浮かんだのは、乙女の花園。言うなれば百合である。バニラは百合を美味しく頂けてしまう性分だったので、微笑ましい光景に思わず口許が緩む。
(お嬢様学校、憧れてたんだよなぁ……)
バニラは遠い目をして令嬢二人を眺めていると、何やら視線を感じた。
(……ん?)
そもそも、バニラの周りに人がいない。いや、生徒はちゃんといるのだが、こう、あからさまに距離を取られているのだ。
(これは……避けられている……?)
ばたばたばたばた……。
その時、突然背後から足音がした。バニラが振り返ると、生徒の大群が走って来ていた。
キラキラとした、主に可愛らしい容姿の男子がバニラに迫ってくる。
(なななななな何事?!)
色んな意味で恐ろしい軍団に、バニラは動けずにいると、あっという間に囲まれた。
(どどどどどどどういう事?!!)
バニラは状況がつかめず、口をぱくぱくしていた。
(は、迫害か? 虐めか? 何だ?!)
しかし、彼等の顔から軽蔑や嫌悪といった感情は読みとれなかった。ただただ、バニラの顔を見ている。
(こわっ)
バニラはただ声を出ないだけだが、少年達も無言であった。まじまじと見られている視線に、バニラも彼等を見る。すると、バニラはあることに気付いた。
(ああああああああ!!!!!)
心の中で、バニラは発狂する。
(君たちいいいいいいい!!! ア、アイぱらの!!! 1年生じゃないか!!!!)
1番目の前にいる赤髪の子は、礼儀正しい口調でしゃべる、
(ここは、天国か?!!!)
バニラは口許を抑えて、ぷるぷるした。
「あ、あぁ……」
思わず声を発したバニラに、少年達は口火を切ったかのようにしゃべりだした。
「バニラ様!」
「ご機嫌よう、バニラ様!」
「おはようございます! バニラ様!」
「うおおぉ?!」
突然の発声にバニラはビビった。余りの声の数に、誰が何を言ってるのか全く分からず、ただただバニラはうろたえた。
迫ってくる可愛い男子達に、バニラは目をぐるぐるさせ始めた。
(このまま昇天しそう……!)
そんな時だった。
「君達、バニラが困っているじゃないか」
その言葉で、一気に場が静まり返った。
(今度は何?!!)
1年坊達が道を開けていく。その開いた道から歩いてきたのは……。
「バニラ、おはよう」
バニラはひゅっと喉がなった。
ニコリとバニラに笑いかける、超絶イケメン。
(るかちゃあああああぁぁぁあぁぁん!!!!!)
良くこれだけの興奮を心の中で抑えられたものだと、バニラは我ながら感心した。
彼の1番のポイントは、その美しい高貴溢れる容姿に反して口を開くと北海道弁が炸裂するギャップ萌えなところだ。
高校2年生という美形が日常で「だべさ」「だべだべ」という語尾をつけて喋るんだぞ? 可愛くないか? いや、かわいい。名前もかわいい、とファンの間でちゃん付けは当たり前であった。
そんな彼と瓜二つの少年が、目の前にいる。しかも、バニラ、と名前呼びだった。
「ハインツ様……」
1年ズの誰かがそう言った。
「バニラ大丈夫? 顔が赤いようだけれど」
るかちゃんことハインツの周りには、キラキラと何かが舞っている。この高貴なイメージは、彼の所属するユニットそのもののように感じた。
「うぇ、う、え、お……」
二番目の推しとはいえ、推しは推し。
バニラは一気に語彙力をなくした。
すると、ずいっとるかちゃん似のハインツがバニラに詰め寄る。
「ひょぇ」
(何々? 何が起こるの?)
ハインツの手が、バニラの額に触れた。
「かは!!」
「……バニラ、熱があるよ」
(るるるるるるrkちゃんがぁぁぁ!!!)
最早バニラの中ではハインツ=るかである。
バニラ自身は気付いていなかったようだが、実はそれなりに発熱していた。
そんな状態でアイぱらのキャラクターに囲まれ、推しに会ったのなら更に体温が上昇するのはおかしい事ではない。
プシュー……。
「バニラ?!」
「バニラ様?!」
「誰か! バニラ様がっ!」
バニラは情報を処理しきれなくなり、ショートを起こした。
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