第2話

「ふおぉぉぉ!」

 突然、変な雄叫びを上げながら、少年はベッドから起きあがった。

「事故! ……お? ん?」

 アンティーク調の机にクローゼットにドレッサー。極めつけに、天蓋付きの豪華なベッド。その中に少年はいた。

「びょ、病室にしては広い……。しかも、豪華……」

 少年は自分の手を見て首を傾げた。

 その手はいつもより大きく、指が細く見えたのだ。グー、パー、と何度か手の把握運動を繰り返す。

「事故後とは? なんだこの妙にすっきりした感覚は……?」

 少年は身体を触り、痛いところがないか確かめた。

「……は?」

 胸を触り、少年は圧倒的な絶壁であることに気が付いた。


(おかしい……)


 少年は、身体をしゅばばば、と触って他に変なところはないか確かめる。


(お、おかしい……)


 少年は体つきに固さを感じた。

 恐る恐るベッドから起きあがる。ぺたぺたと裸足でドレッサーの前に立った。

 少年は、恐る恐る鏡をのぞき込んだ。

「い……」

 少年の目に映ったのは、キラキラと輝くサファイアの様な瞳に黄金のような髪。そして、陶器のように白くつやつやな肌と整いすぎの目鼻立ち。

「イケメンじゃないのぉぉぉぉ!!」

 少年は、鏡に映る金髪碧眼に悲鳴を上げ、仰け反って、転んだ。

 どすーーん!

「いったぁ!」


「バニラ様?!」

 ガチャ! っとノックもせずに人が入ってきた。

「バニラ様……?」

 入ってきた人物は、燕尾服のいかにも執事といった風貌の人物だった。困惑した表情を浮かべるその顔に、少年は見覚えがあった。

「み、三橋みはし先輩……?」

「はい?」

「あ、いや……」

 少年は目をぐりぐりと擦り、目をしばたいて彼を見る。しかし、どう考えても少年には三橋先輩に見えた。

 『アイぱら』のキャラクター、高校三年生の三橋みはし雪人ゆきと。文化祭のイベントで執事喫茶の衣装SSRカードが出てから、執事と呼ばれるようになったキャラクターだった。

 彼の性格は、厳しい生徒会の副会長だった。

 三橋先輩は深い緑の髪にきらりと光る銀縁眼鏡。そして、顎の下のほくろがチャームポイントなのである。

(その通りやん!)

「バニラ様、そろそろご準備を」

 真顔で言われると、あの副会長のように思えて、緊張感が高まる。

「ひゃ、はい!」

 バニラ様、と全く聞き覚えのない名前であったが、少年は条件反射のように返事をしてしまった。

(夢……なの?)

 少年は目の前の執事も自分の美少年ぶりにもついていけず、ぼーっとしてしまった。

「バニラ様? お加減でも悪いのですか?」

 とうとう三橋先輩がひざまずいて顔を見てきた。

「うおぉぉ」

 突然の顔面偏差値カンストの進軍に、思わず後退する少年。

「……朝食の準備は出来ていますので、着替えたら来て下さい」

 顔色が悪くないと判断したのか、むすっとした顔をして、三橋先輩は部屋を出て行った。

 

「夢、だもんね? 夢じゃないと信じられない……。そもそも、何この顔?」

 バニラは、もはやバニラではなかった。

 さっきの言動からも分かるように彼は、彼女だったのだ。つまり、事故に遭った彼女がバニラになっていた。

 バニラは、鏡をもう一度見た。さっきは、すってん転んであんまり見れてなかったのだ。鏡の前でカラーコンタクトを付けるみたいに、目の周りを指で上下に開いてまじまじと見た。

「ひゃぁぁぁ。この瞳何? 宝石か? 君の瞳にシャンパンコールするレベルだよ? ひぃ、深海の宝石。顔良すぎ。ひゃぁ」

 バニラは自分の容姿に自分で興奮した。見事な金髪を触り、飛び上がる。ふわりとした細くウェーブのかかった髪質が、肩に触れる。今にも良い香りがしてきそうだった。

「はひゅぅ、髪の輝きで過呼吸を起こしそう……。金糸か? 黄金か? 金塊の原点か? ひえぇぇぇ。見れば見るほどイケメン! いや、美少年!」

 小声でひゃぁひゃぁ騒いでいたバニラは、ノックの音に我に返る。

「バニラ様」

 ドアの向こうで、三橋先輩が冷たい口調で声をかけてきた。

「す、すぐ行きます!」

 バニラは、クローゼットを開いた。

「おおぅ」

 ばりばりファンタジー要素ありまくりの、重厚感のある服が並んでいた。よく分からなかったので、一番端の服を手に取る。


 急いで着替えて階段を下りた。パンの焼ける良い匂いのする方へ向かうと、そこは大きな広間で中央に長いテーブルが置かれていた。

 そこで三橋先輩が紅茶をポットからカップに凄い高低差を付けて注いでいた。

(刑事ドラマで見たことあるやつ……!)

 バニラが感心していると、紅茶を淹れ終わった三橋先輩は彼を見て眉をひそめた。

「バニラ様」

「は、はい?」

「その服は何ですか?」

「え?」

 どすどすと近づいてきた三橋先輩は、がっと襟を掴んだ。

「ぐぇっ」

「着方が全然なってないじゃないですか!」

 端から見れば、胸ぐらを掴んでいると言っても過言ではない状況である。

「あ、ちょっと、そのぉ」

「もう16歳なのですから、せめて身なりだけはしっかりして下さいませ」

「じゅう、ろく……」

(トモキきゅんと同い年!? まじか!)

 飛び上がりたい気持ちを必死に隠して、三橋先輩にされるがまま、身だしなみを整えられた。

 そこでバニラは、はた、と気付く。

(この執事、もしやガチャ的なものだったのでは……?)

 ソーシャルゲームの醍醐味、ガチャ。ゲームによってスカウトや召還なんて言われるものだ。まぁ、カード(キャラ)のお迎えの事である。

(この夢はアイぱらのキャラを執事にするというガチャ夢? なにそれ?)

 自分で考えて、自分でツッコミをいれた。

 むーん、とバニラが考え事をしている間に、三橋先輩の着付けが終わっていた。


「さぁ、どうぞ」

 促された先には、縦長の大きなテーブルに一人分の食事。パンにベーコンエッグに、スープに……、めちゃくちゃ豪華な朝食だった。

「うわぁ」

(旅行先のホテルでもこんな朝食見たことない! すっごい!)

「早く食べて下さい」

「これ、全部三橋先輩が?……あっ」

 バニラは思わず、聞いてしまった。

「ミハシ……? どなたです? ここの食事も掃除も洗濯も全て私一人でやっているじゃありませんか。そもそも、ここには私とバニラ様の二人だけなのですから」

「え?! こんなに広いのに?」

 その言葉に、あからさまに三橋先輩は眉をひそめた。

「……バニラ様、様子が可笑しいですね。何かありましたか?」

(やっべ)

 バニラを、不審な目で三橋先輩が見ている。副会長の顔でその表情をするのはやめて頂きたい。

 三橋先輩とバニラはどう考えても、執事と主人という関係性。

 夢なんだからちょっとくらいガバガバ設定にしておいてほしいところだが、そうもいかないようだ。

 むしろ怪しまれたら、即刻夢から醒めるのかもしれない。

(ここは、当たり障りのないこと言ってテキトーにすまそう)

「……いやぁ、一人でここまで作れるなんてすごいなぁ、と思いまして」

 バニラは、そう言ってへへへ、と笑った。頼むからこれで誤魔化されてくれ、と願いながら。

「……、はぁ」

 少々首を傾げる三橋先輩だが、不審な目つきではなくなっていた。

「と、とにかく、早く召し上がりを。このままでは遅刻してしまいます」

 ごほん、と咳払いをしてから三橋先輩が答えた。少々耳が赤い。素っ気ない態度で平常心を装っていたようだが、バニラに褒められて嬉しかったらしい。

「……ちこく?」

 しかし、バニラにはそれどころではなかった。遅刻という単語を聞いて、嫌な記憶が蘇りそうになる。

「えぇ。学校に遅刻しますよ」

「がっこ……、学校!?」

 また三橋先輩が眉をひそめた。

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