推しに似てたら運命でしょ!

つくもゆ

第1話

 冬に入り始めた11月。

 とある成人女性が、全力で自転車を漕いでいた。

 手袋をする暇のなかった手は、冷たい風に晒されて少し赤い。マフラーもテキトーにゆるりと首に巻かれた状態で、マフラーと服の隙間から身体に冷気がビュービュー入り込んでいた。

 しっかり防寒すれば良かった、と彼女は後悔するが、今更自転車を止めてマフラーを巻き直そうとは思わなかった。

 何故なら、寝坊したからだ!


(まずい! はちゃめちゃに遅刻の予感!)


 社会人として、仕事に遅刻するなんて、一番やってはいけないことである。分かっているからこそ、彼女は焦っていた。

 しかも、彼女の職業は看護師。遅れて迷惑するのは患者だった。


 遅刻の原因は夜更かし。さらに言うならソーシャルゲーム。

 しかし、彼女は夜更かししたこと事態は後悔していない。

 何故なら『推し』の為だからだ。

 『推し』そう、あの『推し』である!

 世の中誰もが何かを生き甲斐にして生きているだろう。彼女にとっての、生きる上でかかせないのが、『推し』だったのだ。


 スマホアプリ男子高校生アイドル育成ゲーム『アイドルぱらだいす』。

 今年三年周年を迎える女性向けスマホゲームで、まぁまぁ大きいコンテンツである。

(トモキきゅん!)

 彼女は心の中でそう叫んだ。若干坂道になったところで、自転車を漕ぐ足に力が入る。


 彼女の『推し』は、ゲームのキャラクターであった。


 白石しらいしトモキ、高校1年生。ブルネットにヘーゼルの大きな瞳が特徴的なきゃわわな男の子なのであった。

 ホーム画面に彼を設定すると、ユーザーであるプロデューサーを「先輩」と慕って、ニコニコ笑顔で出迎えてくれる。個性的なキャラクターに振り回される体質で、困っている姿がたまらんのだった。

 振り回され体質というキャラは、『アイぱら』の中では弱く、見た目も奥ゆかしい容姿で、どちらかといえば地味な方だった。

 だから、今まであまり日の目を見たことがなかった。

 トモキファンは今か今かとその時を待っていた。

 そして、その日は突然やって来た

 

SNSに流れる、イベント予告。

 

 そこに映るは、いつもとちょっと違う格好良い王子様系の衣装を身に纏うトモキきゅんの新規SSRカード。

 しかも、ガチャかと思いきやイベントのSSRなのだ!!

 彼女は沸いた。あまりの歓喜にスマホを床に叩き付けそうになってぎりぎり理性を保ったくらいだ。

 初めてのトモキきゅんメインイベントがすぐそこまで来ている。一人で夜な夜な小踊りをし、イベント開催の日を指折り数えた。

 仕事にも精が出るもんで、先輩に「何か良いことでもあった?」と聞かれたほどである。


 そして昨日、遂にその日がやってきた。

 仕事が終わってから、彼女はトモキきゅんのイベントへ課金と時間を費やした。

 この『アイドルぱらだいす』略して『アイぱら』は、イベントのSSRカードがポイントボーナスなので、とにかく時間を使ってゲームをして、ポイントを貰うしか取得方法がないのであった。

 つまり、今の彼女は睡眠時間2時間の女だった。

 しかし、寝不足でも彼女の心は人生で最大に健やかだった。

(個性豊かな子達に囲まれて、平凡を貫く健気さ、むしろ自分がおかしいのでは? と悩んでいる可愛いスチル……。からの開花で満面の笑みを浮かべるキラキラトモキきゅん! はぁ、思い出すだけで心が満たされる……。最&高以外のなにものでもないんだが!)

 彼女は、自転車をこぎながらニヤニヤした。

 しかし、直ぐにはっと気付いて真面目な顔になる。

(いかんいかん、そろそろ仕事モードにならなくては……)

 そう思っているわりには、彼女の頭の中はトモキきゅんのSSRを完凸するのに、いくら課金が必要か計算していた。

 そして、帰りにいくらカード買えばいいのか算段がついた時だった。


「キキ――――――――――ッ!!!」

「!」

 信号機のない、小さな道の交差点。

 課金の計算していた彼女の意識は、殆どなかったといっても過言ではない。飛び出したのは、彼女の方だろう。

 ただでさえ遅刻寸前のくせにそんな事を考えた自分が悪い、と思いながら、彼女は迫り来る車を呆然と眺めた。

 彼女の目には、車にぶつかるまでがスローモーションのように感じた。

「ガッシャ―――ッンンン!!!」

 大きな音が鼓膜をつんざいた。

 彼女は衝撃に身体が宙に浮くのを感じた。

「ぐしゃっ」

 嫌な音が、頭に直接響いた。

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