第10話

 学校に戻ると、殆どの生徒が帰った後のようで、閑散としていた。

(もしかして、もう帰った?!)

 昇降口には誰もいなかった。

 バニラは図書館まで走った。さっきまで二人が座っていた机には誰も座っていなかった。

 バニラは急いで外に出て、花壇の前を通って中庭に向かおうとした。そこで、花に触れているトゥフィと鉢合わせた。

 バニラは、目元の涙を払いトゥフィに近づいた。

「……」

トゥフィは、バニラが自分の前で止まったので、眉をひそめてバニラを睨んだ。  

「……たぶん、これは最期のチャンスだから言うね」 


 バニラの唐突な声かけに、トゥフィは目を丸くした。バニラの目に涙が溜めるのを見て、ただごとではないと察した。

「せっかくこんな格好してるし、本当はもっと格好つけたかったんだけどさ」

 トゥフィは無言で少し首を傾げた。貴族と口を聞きたくないのか、罵声を言う雰囲気じゃないから黙っているのか、またその両方か。

「君に出会えたことが、私の人生に色をくれた。君がいたから、嫌なことも頑張れた……。私にとって、君は大切な存在で……尊くて、天使だった」

(……は?)

 バニラの言葉に、トゥフィは首を傾げたまま、心の中でそう呟いていた。

「つまり、えっと、私が言いたいのは……。す、好きです!!!! って、ことで、君以上に好きになる人なんて今後現れないと思うし、例え生まれ変わっても私は君が最初で最後で良いと思うし!」

「……は?」

やっと声に出したトゥフィ。しかし、まだ状況が掴めずに立ちつくしている。そんなトゥフィが呆気にとられている間に、バニラは思い切って彼の手を掴んだ。


「二度ない、チャンスだから! 後生だから!!! 言わせて!!! トモキきゅん!!!!! あ、あああああ、あ、愛してる!!!!!」


「はぁぁあ?!!!」


 バニラの言葉を聞いたトゥフィは、バニラ以上の声量で返した。そして、バニラに掴まれていた手を振り払い、バニラをウジ虫を見るような目で見下ろした。

「おい、バカにしてるのか、それともからかってるのか? どっちでもいい、不愉快極まりない……。それとも、何か企んでいるのか?!!」

 トゥフィは軽蔑の気持ちを込めて吐き捨てるように言った。しかし、それを聞いたバニラは泣き笑いの顔になっていた。

「ふふ」

「き、気持ち悪っ」

「……うん。私の気持ちに返事が来るのが初めてだから、すごく嬉しい……、ありがとう……トモキくん」

 つーっとバニラの青い宝石のような瞳から、涙が溢れる。その姿に、トゥフィはただただドン引きしていた。

 相手は自分をトモキという名前で間違われて呼ばれているのも不愉快だが、訂正する気にもなれない。

「あ、あの後生なんで、抱きしめても良いですか?」

「は?」

「あ、だめですよね、そうですよね……ふふっ、ふふふふふ……」

 とうとうバニラは壊れた。

「し、失礼します……!」

 トぅフィは気が触れたのだと思い、対峙しているのが恐くなって、短くそうく言うと去っていった。

「あ、トモキきゅん……」

 バニラはトゥフィの後ろ姿を、寂しく見つめた。


「バァニィラァ様ぁ……?」

 バニラの背後で、怒りに満ちた声が聞こえてきた。

「いきなり馬車から出るとは何事ですかぁ……?」

 がしっとバニラはメイリスに肩を強い力で掴まれた。

「ご、ごめんなさいぃ」

 バニラは、恐ろしくて振り向くことが出来なかった。

「バニラ様……、どういうつもりなのか、聞いても……?」

「ひぇ」

 メイリスの声はいつもの声に戻っていたが、その目はめちゃくちゃ怒っていた。


 その後、二度と勝手に馬車から降りて、勝手にどこかに行ったりしないことを誓わされた。

 屋敷に戻っても、まだちくちく嫌味を言ってくる始末。バニラは、メイリスが根に持つタイプであると理解した。

 あれよあれよと、夕食(魔法のお祝いですごく豪華だった)、湯浴み、とメイリスの指示に従い、就寝の時間になった。

「それでは、お休みなさいませ、バニラ様」

「あ、め、メイリス!」

 バニラは、呼び止めた。

「はい?」

「あの、朝も言ったような気がするけど言わせて」

「……なんですか」

 メイリスは疲れたように、溜息を吐いた。

「その、凄いなって」

「……はい?」

「朝から私を起こして、朝食を作ってくれて、学校まで送ってくれたでしょ。すごいよね」

「……はぁ」

 メイリスは、バニラが産まれてから彼をお世話するのが仕事だった。勿論、今日の朝のように褒められたこともなかった。

「だからさ、ありがとう」

「……」

 メイリスは、さらに続いた感謝の言葉に固まった。

「だって、掃除も洗濯も、そうだ! お昼ご飯だってわざわざ学校に来て作くってくれてたよね」

「……」

「それで、私が家に帰ったら夕食もお風呂の準備までしてくれる……メイリスはすごいね!」

「……」

「ご、ごめんね! 疲れてるのに、引き留めちゃって! でも、ありがとう、おやすみなさい」

 無言で無表情のメイリスを前に、恥ずかしくなったバニラは、メイリスの背中を押して、部屋の外に押し出した。

 

 バタン、とドアを閉め、ふぅとバニラは溜息を吐いた。そして、そのまま部屋の電気を消した。

(きっと、次醒めるのは、病院のベッドの上だ……あるいは、もう死んでいるかもしれない)

 部屋の窓から月を眺めた。現実世界と変わらない、丸い満月。それを眺めて、薄く笑った。

 ベッドに入ったバニラは、心も身体もぽかぽかしていた。

「でも、トモキきゅんに会えたから……。私は幸せ者だ……」

 バニラは、小さな声で自分に言い聞かせるように言った。そして、覚悟を決めて目を閉じた。


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