禁忌:歌ってはいけない

普通はクラシックとか洋楽を流すのではないだろうか、

私はそう思いながら有線放送のヒットソングを聞いている。

雰囲気だけはマシなこの喫茶店は、その雰囲気を破壊することにも容赦がない。

私はアップテンポなアイドルソングを聞きながら、正面の相手の顔を見る。


「タブーを破るのって興奮するもんなぁ、わかるよ。

 俺もさぁ、相手が人妻ってわかった瞬間が一番好きだからさぁ」

大葉洋次は納得したようにうんうんと頷いていが、

どうにも私の思うところとは違うように思える。


「別に破るのが好きってわけじゃないですよ、

 そういうのを集めるのが好きってだけで」

「六法全書とかが好きな人?」

「六法全書には人間の道理があるじゃないですか」

私の言葉に、彼は「よくわからないね」と返して値段相応のコーヒーを口に含んだ。

私は、砂糖をダラダラとコーヒーに入れている。

砂糖はいくら入れても値段が変わらないのだ。

誰も見ていないならお冷にだって入れてやりたい、一人じゃこんな店には来ないが。


「で、俺の住んでた村のタブーの話ね……あっ、俺が村に住んでたって内緒だよ。

 俺みたいなのが田舎出身ってバレたらなんか嫌じゃん?」

「そりゃあ、もちろん言いませんよ」

「じゃ、お耳拝借」

テーブルの向かい側に座っていた彼が、私の隣に席を移し、

私の耳に唇を寄せる、囁くような小さな声で、私の鼓膜を揺らし始める。


「俺の村には歌っちゃいけない歌っていうのがあってさ。

 あっ、俺の村で歌っちゃいけないって意味じゃなくて、

 どこでだってぇ……歌っちゃ駄目なんだ」

「歌っちゃいけない歌……ですか、歌うと不幸が訪れる、みたいな?」

「その通り、歌うと……何が起こると思う?」

私は様々な恐怖を想像する。

そして、その中で最もシンプルな答えを提示した。

「死ぬ?」

「ブブーッ!」

心底楽しそうに、彼が言う。

そして、ニコニコと笑って言葉を続ける。

「正解は……ジャスラックが来て使用料を取られる、でしたー」

「は?」


ジャスラック、日本音楽著作権協会の名を出されて私は拍子抜けする。

歌詞を使うと著作権使用料を取られるとか、

曲を教えると著作権使用料を取られるとか、良い噂で聞く方はない。

ただ、歌うとジャスラックが来る。そういう方向の冗談で間違いないようだった。


「あはは……おっかしい……」

「くだらない冗談はやめてくださいよ、私だって暇じゃないんですから」

「ああ、ごめんごめん。でもさ、あながち冗談でもないよ。

 もう日本であの歌はありふれたものになっちゃったんだから」


耳を澄ませる、喫茶店はまだ流行の歌を流している。

私はカラオケボックスで度々起こる怪死事件を思い出していた。

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