禁忌破り:嘘をついてはいけない
空を厚い雲が覆い、空気はじっとりと湿っている。
雨は世界を塗りつぶすかのように、降り続け、終わりを知らないかのようだった。
ぼやけた風景に色を加えるかのように、地面をゆっくりと赤いものが満たしていく。
事故だった。巨木が倒れ、木邨一太郎がその下敷きになった。
息も絶え絶えの一太郎の手を握るのは、その妻、木邨麗華。
その周りで立ちすくんでいるのは五歳の木邨利羽である。
「アナタ!」
一太郎の震える手を握り、麗華が叫ぶ。
幸いなことに救急車を呼ぶことが出来た。
と言っても、山奥の村である。それがどこまで助けになることだろう。
近所の住民に医者を呼びに行ってもらったが、果たしていつ辿り着くのか。
「……ァ」
一太郎は何かを言おうとした。
だが、言葉にはならなかった。
生きていること、動くこと、それだけで奇跡のような有様だった。
遅かれ早かれ、彼は死ぬ。
強く、強く、麗華は一太郎の手を握った。
熱を失いゆく彼の手を温めようとするかのように、
言葉を発せぬ彼の思いを皮膚を通じて受け取るかのように。
「こんなところでアナタが死んでいいはずがありません!
利羽の成長を楽しみにしていたでしょう!?
小学校に行くまでまだ時間はあります!
すぐに救急車が来ます!お医者さんも来ます!だからアナタは助かります!」
喉が枯れんばかりに、血を吐かんばかりに、魂の底から麗華は声を張り上げる。
「嘘を言ったな」
はっきりとした声で、一太郎が言った。
「嘘つきには罰じゃ」
太く、低い、男の声で、利羽が言った。
「あ……」
麗華は目を見開き、二人を見た。
「「舌抜いたろ」」
その日、死者は二名。
木邨利羽に記憶はなく、それ以降も嘘をつくことなく無事に成長した。
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