ホラーの禁忌を集めてく

春海水亭

禁忌:嘘をついてはいけない

「ちょっと前の2ch……今って5chでしたっけ?

 怖い話ぃ、みたいなのでありましたよね。

 ここに入ってはいけない、とかこれを壊してはいけないとか」

あんまり詳しくないんですけどね、木邨利羽はそう続けて、

ティースプーンでコーヒーカップの中身ををくるくるとかき回した。

コーヒーの黒とミルクの白がくるくると合わさっていく。

「そういうのに興味があるんですよ、本物のそういうのに」

私も彼女に合わせるようにコーヒーをくるくると混ぜている。

彼女と違って私はミルクだけではなく、砂糖も入れる。山程。

都内にある某喫茶店、客は木邨と私だけだ。二人共コーヒーを頼んだ。

お世辞にも美味しいとは言えないコーヒーだが、

それ相応の値段をしているというだけでこの喫茶店で唯一飲む価値がある。


「まぁ、あんま面白い話じゃないですけど。コーヒー代ぐらいの話はしますよ。

 もしも面白がってくれたならパフェぐらいは奢ってほしいですけど」

「それはもう、勿論」

私は財布の中身を思い出す。

給料は安いが、ここのパフェを奢っても破綻しないぐらいには中身を補充している。

スマートフォンを取り出し、録音アプリを起動する。ツ、という起動音。

音が鳴るに合わせて、彼女が舌を出した。

赤く、下に、伸びている。


「べ……と、まぁ、ただの雰囲気作りなんですけどね。

 よく言うじゃないですか、嘘を言うと閻魔様に舌を引っこ抜かれるって」

彼女は小首をかしげて、今の子供達もそう言われるんですかね。と続ける。

私は、どうなんでしょうね。と応じる。


「まぁ、今の子供達が知っているにせよ、知らないにせよ……

 私が住んでいた村は、絶対に嘘をついてはいけない村でした」

「それは……また……」

とんでもない話だと思う。

道徳的には嘘をつかない方が良いことは間違いない。

だが、意図的にせよ、偶発的にせよ、人間は生きていく中で嘘をついてしまう。


「嘘をつくとどうなると思います?」

閻魔様に舌を引っこ抜かれる、彼女が言ったばかりの言葉を思い出す。

そして、それは決して冗談では無いように思えた。


「そうです」

私の態度を見てか、彼女がうっすらと笑う。


「嘘つきは舌を引っこ抜かれるんです。閻魔様じゃないですけどね」

「物理的にですか?」

「その通りです。

 村の守り神がそういうの嫌う……どころじゃなく、嘘を憎んでいるらしくて、

 嘘をつくと、すぐに、そういう目に遭うんですよ」

「……いくらなんでもそりゃあないでしょう」

「まぁ、そう思うのも無理はありませんね」

私の睨めつけるような視線を物ともせず、彼女はコーヒーを啜る。


「大体、そういう村なら……すぐにでも大事件になるんじゃないですか?

 舌切村怪奇事件!みたいな」

「……皆、正直者だから舌を抜かれないんですよ」

「えぇ……」

「パフェ、食べれます?」

「いくらなんでも……それは、あー……また次の機会に、ということで」

「残念です」

心底、がっかりしたように彼女は言った。

「私もです」

だが、落胆の感情という点では私だって負けてはいない。


「でも、まぁ……今はこうやって都内で暮らせるようになって良かったです。

 アナタの社交辞令だって、村ならすぐにでも舌が抜かれてましたし、

 私も正直なことしか言えない生活はだいぶ嫌でしたから」

「まぁ、正直なことしか言えない生活っていうのは、想像もしたくないですね」

「村から出て、何年経ったでしょう……私もだいぶ嘘に慣れてきたんですよ。

 こんなもの人に自慢できるようなものじゃないですけどね。

 近い内に人類は絶滅する!とか、

 まず日本が滅ぶ!とか、目覚めてはいけないものが目覚めた!とか」

彼女の勢いの良すぎる嘘に、私は思わず笑ってしまう。

この嘘のほうが、よっぽどパフェ代分の価値がある。


「あ、すみません。これ嘘じゃなかったんでした」


やっぱり、まだ嘘を言うのには慣れてなくて。

彼女はそう言って、恥ずかしそうに笑った。

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