禁忌破り:歌ってはいけない
その神社の寂れた様子を見るに、管理がされているのかどうかは怪しい。
灯籠は苔むし、参道の隙間からは雑草が伸び放題になっている、
顔の欠けた狛犬に魔除けの力を期待していいのか、悩ましいところだ。
もはや形式上の信仰はその村には残っていない。
ただ、禁忌だけは残っていた。
親から子へと伝えられる、歌ってはいけない歌。
曲と詞が別々に伝えられ、決して途絶えないように受け継がれる。
「聞いたりするのは大丈夫。奏でるのも大丈夫、ボーカロイドってあるでしょ?
あれに歌わせるのは歌うの範疇に入らないの。
だからワシなんか、この歳になってから必死でそういうの勉強して、
いやいや、まだまだ死ねんよ……ウヒヒ」
彼の自宅へと取材に来た我々に対し、
村の最長老、大葉繁晴さんはそう言って笑った。
「歌うとどうなるって……いや、わからんよ。
歌っちゃ駄目って言われてるし、何が起こるかわからんからね。
ま、良いことは起こらんだろうからさ……うん」
我々の表情を見て、何かを企んだかのような笑みを浮かべ
「ちょいと待っとれ」と言って、大葉さんは押入れを漁り始めた。
「歌うのは駄目だけど、奏でるのは良いからね。
曲だけちょいと聞かせてやろう、歌は駄目だけどね」
押し入れから笛のようなものを取り出した大葉さんが、
どこか親しみやすいメロディを奏で始める。
五分ほど経って、大葉さんの演奏は終わった。
大葉さんは額の汗を拭い、我々は拍手を送った。
「これにね……歌詞をつけるんじゃ、ほれ」
壁に飾られた賞状に混ざって、額縁に入った古ぼけた紙がある。
大葉さんは少し背伸びをして、その額縁を取って、我々に差し出した。
「さっきの曲に、こういう歌詞がつく」
大葉さんはニコニコと人好きのする笑顔を浮かべている。
私はある質問をしようとして、飲み込む。
「ああ、歌うとどうなるのか知りたいなぁ」
大葉さんは俯いてボソリと呟いた。
そして、笑顔を浮かべて、我々の方を見た。
「歌っちゃ駄目だよ」
期待するような笑顔で。
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