お花屋さんで

僕は花屋を経営している。仏壇用の菊、ブーケ用のよ色とりどりの花を揃える。

スプレー菊、ガーベラ、百合、カーネーション、バラ…

駅から少し離れた所では、人通りは多いため、花の色香に誘われて立ち寄る人は多い。

しかし、無論来た人全てが花を購入してくれる訳では無い。

このご時世だ。仕方がない。


だから時折こうして、

荷台に沢山の花と小さなブーケを乗せて、

様々な所へ売り歩く。

坂を昇って小菊を売りに、

公園まで行ってバラを売りに。


ふと、時々その公園で、綺麗な女性を目にする。

ジーンズにラフな白いシャツ。

サラリとした黒髪が、白い肌に栄えて

少しばかり、妖艶だ。


彼女はその公園で、いつも何をする訳もなく、ただ佇んでいる。

草むらや茂みに立ってぼうっとしていたり、

ベンチに座って寝たりしている。


僕はある日、思い切って声をかけてみた。

ぼうっと、草むらでたっているだけの彼女は、少しやせ細っていた。

「こんにちは、お花如何ですか?」

僕はいつもの営業スマイルで元気に挨拶をしてみた。

すると彼女は、ぐるりと振り向くや否や、

ずんずんとこちらへやってきた。

その反応に、思わず引いた。


僕の反応を見て、彼女は顔を赤らめた。

そして、か細く、可愛い声で俯きながら話した。

「あ…。えっと、その…。お花が、あるって聞こえて…。」

僕は暫くポカンとしたが、そのいじらしい姿に思わず笑いが漏れた。

「そうです。お花、ありますよ。如何ですか?例えば今日入荷したカーネーションなんか…」


「ガーベラ!ガーベラがあるわ!」

彼女は嬉しそうにそれを手に取った。

細く柔らかな手でそれを愛でるように花弁に触れる。

「ガーベラになさいますか?」

「ええ!全部下さい!」

はしゃぐ様に言う彼女の言葉に、僕は呆気に取られた。

「あ…そうよね。他の人の分もあるわよね。それじゃあこの赤のガーベラと、ピンクのガーベラ半分ずつ下さい。」

僕は恐る恐る、話しかけた。

「あの、20本くらいになりますけど…?」

「あ、やっぱりダメかしら…。」

「いえ、買っていただける分には、良いんですけど…」苦笑いで答えた。

「それなら頂くわ!」彼女はジーンズのポケットから、お札を取りだした。しわくちゃの1万円札だった。

「頂戴します。」

お釣りをだそうとウエストポーチを開ける僕の手を、彼女はそっと握った。

彼女の手は、驚くほど冷たかった。

「お釣りは要らないわ。その代わり、またこの公園まで来てくれないかしら?」

「ええ、まあ。毎週土曜日でしたら、大丈夫ですよ。」

「良かった!じゃあ、またお会いしましょう!」

彼女はそう言って、両手いっぱいにピンクと赤のガーベラを抱えて、颯爽と帰って行った。


そして、また土曜日が訪れた。

いつもより多めに花を仕入れて、彼女の元へ向かう。


ただの砂場と大きな木が生えるだけのその公園は、少し前まではそれなりの子どもたちが遊んでいた。

しかし、駅前に大きな公園ができてからは、人通りも少なくなった。

彼女はただ1人、その公園の古びたベンチで座っていた。

そして僕を見つけると、パタパタと走ってきた。

まるで、待て、をずっとされてた犬のようで、思わず笑みがこぼれた。

「はい、お待ちどうさまです。」

そういうと、彼女は

「はい、待ってました!」と元気に言うので、また少し笑ってしまった。

「今日はどれにしますか?」

またこの前みたいに大量に買っていくのかと僕はドキドキした。

「えと、今日はどれくらい頂いていいのかしら?」

「ああ、今日は沢山仕入れたので、好きなだけどうぞ。」

彼女はぱぁ、と顔を輝かせて、前の倍位の花を買った。

百合10本、ガーベラ20本、バラ5本、スプレーマム5本…。

「こんなにまた買うんですか?」

不躾な質問だと思ったが、少々、いや、大分気になる。

そして、彼女はさらりとこう言ってのけた。

「これぐらいないと、お腹減ってしまうんだもの。」

これは彼女なりの冗談なのだろうか。

「それは…。お腹、壊さないで下さいね。」

と、僕も冗談で返してみた。

「あら、貴方は普通の反応なのね!」

彼女はそう言いながら、僕の手にお札を掴ませる。

頭の整理が追いつかないまま、彼女は花束を抱えていなくなった。


僕は帰り道にただひたすら考えた。

お腹が減ると花を買う?そうすると、花を食べていることになる。

そんな馬鹿な。

僕は悶々とした思いのまま、帰路に着いた。


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