夢の中で
はっ、と目が覚めた。
慌ただしく波打つ心臓の音。
辺りを見渡すや否や、「またここか…」と呟いた。
ゴウンゴウンと、そこから鳴り響く機械音。
古めかしい木製の座席には、僕しか座っていない。
僕は汽車の中にいる。
いつからだろうか、気がついた時には既にこの列車の中で一人ぼっちだった。
外は真っ暗な闇。
頼りげのない汽車の灯りが外に漏れだしても、見えるものは吹雪の中を走り去る牡丹雪だけだった。
この列車には誰もいない。
聞こえるのは、ただただひたすらに走る列車の音。
いくら探しても人っ子一人居ないのだ。
いや、正確には誰かがいた。
人間でない誰かが、現れたり、いつの間にか消えたりしている。
気がつくといる彼らは、ただ静かに木製の座席に身を委ねて座っていて、ふと振り返ると、いつの間にか消えていた。
そしていつしかこの列車は僕だけになった。
いつまで続くのか分からない線路の上をただひたすらに走る。
終わりは、あるのだろうか。
僕は本当に進んでいるのだろうか。
何も見えない暗闇の中では、進んでいるのかどうかも分からない。
走っているように見えるだけで、僕はずっと、同じところに留まっているのではないだろうか。
そう思うと、また、言葉にならない恐怖が、座席の隙間から溢れ出て僕を包み込み、そして息をすることすらままならなくさせる。
「やぁ。」
野太く、ゆっくりとした声に僕は顔を上げた。
人ぐらいの大きさの、人でないものが立っていた。
恰幅の良い、車掌の格好をした猫だった。
キジ模様に、エメラルドグリーンの瞳。
平べったいその顔の猫は、ニタリと笑いながら僕を見ていた。
「ここはどこなんだ?」
猫はゆっくりと答えた。
「ここは、君の夢さ。」
「夢?」
終わりなく走る列車。真っ暗な闇。
なるほど、これは悪夢に違いない。
「ここから出る方法はあるか?」
猫に尋ねた。
猫は髭を撫でながら、またニタリと笑った。
「ここから出たいのかい?」
出たいに決まっている。
僕は既にこの列車の恐怖に、何度も心を折られている。
寧ろ、なぜそんな質問をしてくるのか、疑問に思った。
猫はその疑問を察したように口を開いた。
「この列車は、君が創り、君が自ら乗り込んだんだ。」
「僕が?」
「この列車も、線路も、この線路が続く場所も、全て君が作ったんだ。」
こんな悪夢のようなもの、作った記憶はなかった。
「良いからここから出してくれ。」
「分かったよ。」
僕は猫について行く。
猫が立ち止まると、そこには外へ続く扉があった。
重厚なつ創りだ。金の縁どりに、金のドアノブ
そして、ふと疑問が浮かび、猫に問いかける。
「この列車を降りたら、どうなるんだ。」
猫は僕を見下ろした。そして、くるりと後ろを向いた。フサフサのしっぽが優雅に踊る。
「それは、君が1番よく知っているんじゃないのかな。」
どういうことだろう。僕が答えられずにいると、猫は振り返り僕をじっと見つめた。
「外は闇さ。目に見えるものも、聞こえるものも、触れられるものもない。何も無いんだよ。」
ひとつの沈黙をおいてから、僕は思わず叫んだ。
「じゃあ、僕は、外に出たところで今と何も変わらないじゃないか!」
僕は頭を抱えて壁にもたれた。
悪夢だ。ここは。
「変わるさ。外の闇には終わりがないが、この列車には、終わりがある。」
僕は顔を上げた。
「いつ終わるか分からない。それでもこの列車はいつかの終点に向かって走り続ける。」
そうか、そういうことなのか。
猫はニタリと笑った。
「ここは、僕の夢の中。か。」
さっき猫が言っていたのは、僕の考えていた夢とは違う意味を持っていた。
猫はゆっくり頷いた。
「君が、渇望し、羨望し、君が、自身の人生をかけて挑んでいるものだ。君の列車は、君がそこにたどり着くまで、立ち止まることは許されない。辿り着くその日まで、君を送り届けるその場所を目指してひた走るんだよ。」
「僕は、もうここから出られないんだね。」
「出る事は出来る。君が夢を諦めればいい。」
いいや、きっと出来ない。
僕は僕の夢を諦めてしまえば、
本当にもう、何も残らない。
だから、外は闇しかないのだ。
もう今更引き返せない。
僕は笑った。
声を上げ、息が苦しくなるほど。
ひとしきり笑い終わって、顔を上げると猫はいなくなっていた。
またひとりぼっちになってしまった。
僕は座席に戻った。
外はまだ真夜中のように真っ暗だ。
いつか外は闇でなくなるのだろうか。
僕はこの列車を降りる時が来るのだろうか。
僕は、夢を追い続けることが出来るのだろうか。
分からない。
だが、ひとつ分かったことがある。
それは、この列車には終わりがあるということだ。
ならば僕はこの列車のたどり着けその日まで、この列車と共に生きようではないか。
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