第12話 引き籠もりのプライド

 フラフラと身体を揺らしながらフェイトは立ち上がる。

 そして死んだような表情で、クローディアに訊いた。


「……アリキリマス魔法学院の新入生代表で答辞するって、もしかしなくても名誉な事なのかしら」

「はい。学力・魔力ともトップクラスの新入生が選ばれると訊いています。確か、今年はバンディスア公爵家令嬢がする予定と王城で噂されてますよ」

「そう。因みにバンディア公爵令嬢ってどんな方かしら?」

「少し前に見かけましたが、金髪をロール状にした、定型的な貴族のお嬢様って感じの人ですよ」

(――それ、どこの悪役令嬢?)


 クローディアの話を聞いて、絶望的な気分となった。

 どう考えても詰んでいる。

 ほぼ内定しているのに、突如としてフェイトが新入生代表を代わりにする事になったとする。

 しかも、変わった相手は魔力ゼロの顔だけ取り柄の引き籠もりの美少女。


(表に出ない陰湿なイジメの数々を受ける、可哀想な私が容易に想像できる)


 貴族とは名誉に関するプライドは無駄に高い。

 フェイトは名誉とか目立つ事は出来るだけ避けて平和に引き籠もりたい人間。

 新入生代表答辞なんてイベントは、どうぞ勝手にやって下さい、と熨斗を付けて送りたいぐらいである。


「姫さま。どちらに行かれるつもりですか」

「お父様に、ちょっと陳情をしてくるわ」

「――国王陛下にっ。でしたら、綺麗に着飾りませんと。もう5年近くお会いになってないのですから」

「……」


 そう言えば、そんなに直接は会ってないな、と他人事のように思った。

 フェイトと父親である国王に会ったのは、王位継承権を破棄する事を兄弟姉妹の前で宣言して以来である。

 宣言した後は、今は使用されていない、王城の隅にある一戸建ての家に引き籠もった。

 特殊能力の1つ「ワールド・ヴジョン」で、月に一回ぐらい覗き見しているので、そんなに懐かしいとかいう感情は起きない。


「クローディア。ちょっと、待って。やっぱり辞めた」

「え。で、ですが」

「――私にもプライドがあるの。アリキリマス魔法学院への入学と新入生代表答辞を謹んで承るとお父様に伝えてちょうだい」

「え。姫様が、新入生代表で、答辞?」

「それじゃあ私は、これからの事について考えるから、ご飯の時まで誰も部屋の扉を開けないように伝えなさい」

「あ、姫さま。ちょっと……」


 フェイトにとってプライドなんて物は、引き籠もる際に邪魔になるものでしかない。

 ただ。そんなフェイトでも、引き籠もりとしてのプライドはある。

 5年以上引き籠もっているのに、これぐらいの事で父親に会いに行くというのは、無性に負けたように気がした。

 ほんの少しだけ部屋の外に出た時点で、その考えに辿り着いたフェイトは、クローディアに指示を出すと、振り返り部屋の中に入ると、扉を閉め鍵をかける。

 歩き、丸形のベッドへ座ると、仰向けに倒れ込む。


「あー、面倒くさい事になったなぁ」


 王女の仮面を脱ぎ捨てた事で、口調が変わる。

 一応、こんなのでも王女としての外聞は気にしているのである。少しだけは。

 フェイトは色々と思考を始め整理をする。

 まずは、入学に関しては問題無い。

 保健室という引き籠もれる場所に居座れば問題無い。

 やはり問題は、新入生代表答辞。

 それだけは何かしらの理由をつけて欠席する必要があるのは間違いない。

 しかし病欠はダメだ。

 フェイトの特殊能力の1つに、自分自身に対して病気になる特殊能力がある。

 しかし、王城にいる治癒系の魔法使いは優秀。直ぐに治療されてしまう事が予想できた。


「上手いこと、考えが纏まらない。――ストレスの影響だ」


 溜息を吐いた。

 国王からの命令は、フェイトにとってそれなりにストレスを与えていた。

 フェイトは引き籠もりである。ただの引き籠もりではなく、快適な引き籠もりを理想とする引き籠もりの探求者でもあった。

 ストレスを抱えたままでは引き籠もるのは、引き籠もりとしての名折れ。

 今後の事に関して考えを纏めるためにも、一度、ストレスを発散させる必要があった。

 本来なら、ストレスを感じずに引き籠もる事が出来れば良いのだが、人生は儘ならない。


「『世界映像(ワールド・ヴジョン)、検索範囲・ヴォルガルド王国』」


 カーテンで締め切られた光が入らない薄暗い部屋に、まるで無数の星々のように画面が現れた。

 それに映されているのは、現在の王国のリアル映像。


「……『千眼』」


 フェイトは目を閉じた。

 すると空間に無数の眼が現れると、視線が『世界映像(ワールド・ヴジョン)』を見る。


「――ッ――ァァガァ。へ、へい、『並列、思考』」


 千の眼で見ても処理する脳は1つだけ。キャバオーバーである。

 視た映像を並列処理する事で、多少、脳へと負担を軽くすることが出来た。

 1分ほど経つと、息を荒げた状態のフェイトは瞼を開けた。

 空間に出ていた眼は消え、同時に展開していた『世界映像』も消した。

 少し映像酔いをしたものの、なんとかふらつきながら立ち上がる。


「……う、『精霊羽』」


 フェイトの背中から二対四枚の幻想的な羽が生えた。

 特殊能力『精霊羽』は、文字通り精霊の羽を背中から出す能力。

 効果は特にない。空を飛べるようになる訳でも無く、精霊化する訳でも無い。

 つまり精霊がしているような羽を背中から生やすだけの特殊能力だった。

 意味があるかと言えば、ようは能力の組み合わせ方次第。


「ついでに『存在希釈』。希釈度は幻想レベル」


 顔だけは良いフェイトは、『精霊羽』と『存在希釈』を組み合わせる事で、まるで物語に出てくる精霊のような雰囲気を出すことが出来た。

 もし、フェイトを知る人物が見たとしても、フェイト本人とは識別できないレベルであった。


「さて、後は移動するだけか。『瞬間移動』、場所はハンター達がレイドミッションをしているガルヴァトス鉱山」


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