第8話 魔房
シルヴァーナは城の中を彷徨っていた。
方向音痴という訳では無く、万が一、敵に侵入された際に、簡単に目的の場所へと辿り着かせないよう、わざと複雑な経路に造られていたためだ。
囮役を買って出てくれたアイシャとリーナの為にも、攫われた第三王女であるフェイトを早く見つけたいが、中々順調とは言い難かった。
「――誰!」
気配を感じて、手に持つバルデッシュを音がした方へと向ける。
因みであるが、シルヴァーナは左手には大型の盾、左手には10㎏超えているバルディッシュを持っている。更に重騎士と言うことで、防御力の高い(=重い)鎧を着ていながら、動作はその重さを感じさせない。力強い女性なのであった。
暗がりから姿を現したのは、尖り帽子の如何にも魔女といった格好をした女性――ローザである。
「シル。私よ」
「ローザ! 遅かったわね」
「使い魔でギルドに報告した後、ちょっと野暮用を片付ける事になったの」
「そう――」
肩を竦めてローザは困ったように言った。
「そんな事よりも探索魔法で、城内のマップは把握してるわ。こっちよ」
「さすがローザ」
ローザに案内されてシルヴァーナは、フェイトが捕らえられている地下牢へと向かう。
上に行き、下に行き、と、階層を何度も何度も行き来する。
「……ローザ。いっそ、地面を破壊して下に降りていくのはどう?」
「もう少しだけから我慢しなさい。下手に破壊して、連鎖反応を起こして倒壊って事もあり得るわ。ただでさえ経年劣化が激しい城なんだから」
「ハァ。やっぱり私が囮役をすれば良かった」
「バトルジャッキーのあの2人を、囮役にするのは間違ってないわ。と、この階段の下ね」
「ようやく辿り着いて?」
シルヴァーナとローザは、螺旋状に捻っている階段を降りていった。
トラップや見張り役などは居なかったことで、すんなりと一番下へ降りる事ができた。
鉄格子の牢屋が数十ある。
盗賊団など、大人数を捕らえた時に収容するために、いくつもの牢屋が造られていた。
「本当にここ? 人の気配がしないわ」
「もうちょっと奥ね。どうやら特殊な牢屋に閉じ込めているみたい」
万が一の事を警戒しながら先へと進んだ。
そして10分ほど歩くと、目的の場所へと辿り着いた。
魔石が埋め込まれ、起動している関係か、魔石は淡く輝いていた。
地下牢という事を考慮しなければ、幻想的な景色であった。
「これは――魔房。噂には聞いていたけど、実物を見るのは初めてよ」
「魔房?」
「シル。全力で攻撃してみて」
「え? ええ。分かったわ」
ローザに言われてシルヴァーナは、盾を地面に突き刺すと、バルディッシュを両手持ちすると魔力を込めた。
肉眼で分かるほど魔力が溢れ出る。
一呼吸。
同時に一歩足を踏み込み、全力で魔房の扉にバルディッシュを叩き付けた。
「え」
衝撃。魔力。その全てが扉に吸収された。
威力をなくしたバルデッシュは、ドンッと扉にただ当たるだけとなった。
そして埋め込まれている魔石が強く光ると、シルヴァーナは吹き飛んだ。
呻き声をあげながらも、ヨロヨロとふらつきながらなんとか立ち上がる。
「なるほど」
「なる、ほど、じゃ、ない、わ。説明、をしてくれるっ」
「見た限り物理攻撃における衝撃と魔法攻撃における魔力を吸収して、それを攻撃してきた者に反射する仕組みみたいね!」
子供のように目をキラキラさせながらローザは愉快そうに言った。
先ほどのシルヴァーナの一撃は、以前、レイドミッションでミスリルドラゴンの討伐を行った際に、ミスリルドラゴンの鱗を粉砕するほどの威力があった。
それを吸収して反射する魔房の扉は、一流の魔道具師により制作された事が窺えた。
「――ねぇ、1つ訊いてもいい?」
「何かしら」
「攻撃する前から、もしかして反射するって分かってた?」
「だいたいの検討はついていたわ。噂で聞いたこともあるし」
「じゃあ言ってよ! 無駄にダメージを受けたじゃない!!」
「言ったら手加減するでしょう。それだと魔房がどれぐらいの力を吸収して、反射するのか分からないじゃない」
「自分の魔法で試しなさいよ!」
「私は、魔法一辺倒だから、物理攻撃に魔力を足して攻撃するシルが適任だったの」
「本音は?」
「全力で魔法を放って、それが反射されるなんて格好悪いじゃない」
「ローザ!」
「悲しいけど。魔道には犠牲が必要なの。分かってシルッ」
「嘘涙で言っても許さないんだからね」
「――大丈夫よ。原子崩壊して塵にも残らない限りは、私の魔法で完全回復してあげられるから」
「ありが、とう?」
首をかしげながら、なんとなくお礼をいうシルヴァーナ。
無事に(?)丸め込む事に成功したローザは、魔房へと触れた。
「ああ。なんて素晴らしいのかしら。ペロペロしたい。抱かれたい」
「落ち着きなさいッ」
「シル。この扉は芸術品よ。芸術品を舐めたいと思ったり、抱かれたいと思うのは、魔女として真っ当なことなの」
「いや、絶対に真っ当じゃないでしょう」
「思わない魔女は三流以下の雑魚ね」
断言する。
因みに、ローザが特殊なだけで普通の魔女はここまでではない。
ただ、ここまでではないにしろ。似たり寄ったりな特殊趣向を持つ者は多い。
ローザの趣向の異常振りを知っているので、もしもペロペロしたり、服を脱ぎ出したりしたら全力で止めようとシルヴァーナは誓う。
「――ところで、この魔房は解錠出来るの」
「もう終わってるけど? 少し複雑なアルゴリズムだったけど、所詮は数年前のもの。さくっと解錠できたわ。もうこの子を護る物はないんだから、後は私の自由にしていいのよね」
「この先に囚われている王女さまが居るんだから、ちゃんとしなさい」
「…………――――あ。そう言えば公爵家令嬢も囚われてるって訊いたわ」
「それを早く言いなさい!!」
シルヴァーナは慌てて扉を開けた。
魔房の中は、それなりに広く、外と違い経年劣化を感じさせないほど綺麗だった。
居たのは3人。
まるで人形のように愛らしい金髪の美少女、フェイト、ヴァニラ・ヴォルガルド。
顔は双子のように似ていて身長だけが違う姉妹。
銀色の髪をした公爵家長女、レミリア・ジア・アーカリア
白色の髪をした公爵家次女、ノア・デア・アーカリア。
「貴方達、は」
「お姉様。わたし、お母様が購読している「月刊ハンター」で見た事があります。確か、そう、「カレンデュラ」というパーティーの」
「はい。「カレンデュラ」のパーティーリーダーを務めている、シルヴァーナ・グラディウスです。救出に来ました」
隣り合わせに居た姉妹は、助かったことが嬉しいのか抱きついた。
「3人ともお怪我はありませんか?」
「ええ。私は大丈夫なのですけど……。フェイト様が」
「あはは。ちょっと殴られただけだよ。心配しないで」
「申し訳ありません。――私が、妹を護りたくて抵抗したばかりに」
「気にしないで下さい。無能王女として囀られてますが、この国の王女として、臣下である貴方達を護るのは義務。貴女たち姉妹が無事なら、殴られた程度、どうってことないです」
「……フェイト様」
涙を流しながらお礼をいうレミリア。
扉の所で興味津々に触っていたローザは、シルヴァーナに呼ばれたので、殴られて腫れている箇所に魔法をかけて治療しようとした。
だが、幾ら魔力を注いでも腫れが引く気配はない。
「――私は魔力や氣といったものがゼロなんです。だからでしょう。治療魔法は効かないみたいですね」
少しだけ悲しそうな顔をしてフェイトは言った。
魔法にしろ、氣による回復にしろ、回復させるには、当事者に魔力や氣がなければ効果は発動しない。
故にローザが幾ら優秀な魔女でも、フェイトを治療する事は出来ないのであった。
因みにであるが、フェイトは今まで王宮に引き籠もっていたため、怪我や病気になった事が無かったので、自身に回復魔法が効かないということを初めて知ったのである。
それからしばらくしてハンターギルドの面々や王都騎士団が援軍として駆けつけ、フェイト達、囚われていた少女達は無事に救出される運びとなった。
ハンターや騎士団たちが色々と言い合い喧噪としている中で、フェイトは顔を下に向けて誰にも分からないように笑みを浮かべ、小さく、誰にも聞こえないように呟いた。
「私に魔法が効かないっていうのは知らなかったなぁ。知ってれば、例の計画も、ここまでする事も無かったんだけど――。まぁいいでしょう。これできっと、私の目的は果たすことが出来る」
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