第7話 Ⅸ


 廃城グメラスを根城としているのは、人身売買のグループである。

 攫った相手を、置いておくには、それなりのスペースが必要であった。

 その点、廃城グメラスは、元々からして牢屋があり、周りには何も無いため、騒がれた所でその声が誰かに聞かれるわけでもないので都合が良かった。

 

 廃城グメラスの城内中心部。

 顔の厳つい男達が集まり、酒を飲んでいる。

 その中の1人は、人身売買のグループのリーダー、ルーヴル・カストロ。

 一ヶ月ほど前に、シヴァが斃したオリヴァー・カストロの実兄である。

 兄弟仲は悪くはないが、あくまでビジネスライクの関係であり、裏家業をしている以上は、真っ当に死ぬことはないと思っていた。

 弟が死んだと聞き、嘆くことはないが、多少の悲しみはあり、酒の量が倍程度に増え、かなり飲む日々が続いていた。


「……」

「第三王女を魔法至上主義団体「ア・バオ・ア・クゥー」に売れば大金が手に入るぞ!」

「まさか。本当に魔力も氣もゼロのヤツがいるなんてな。気色悪いガキだぜ」

「高値と言えば公爵家姉妹の方も売れるだろ。美人だしな。それに同性愛者みたいだから、楽しみ方は色々とありそうだ」

「美人ってだけなら、姫の方も負けてないだろ。身体の発育は、完敗してるけどな!」


 大きな笑い声が起きる。

 今、地下の牢屋に捕らえているのは、3人。

 1人はⅢが攫ってきた、第三王女、フェイト・ヴァニラ・ヴォルガルド

 元々の本命であった、アーカリア公爵令嬢姉妹

 本来はアーカリア公爵令嬢姉妹を攫い、隣国に高値で売るという計画であり、フェイトの誘拐はⅢが持ちかけてきた事は想定外のことであった。

 Ⅲはどうやらオリヴァーが盗ってきた何かが欲しいようで、フェイトを誘拐してくるので物々交換しないかという提案を受けた。

 相手は「九頭竜」である。

 偽物では発せない威圧を感じ、本物だと確信したルーヴル達は提案を受け入れた。

 「九頭竜」と既知になっておくのは今後のメリットにもなり、また攫ってくるフェイトは、魔力ゼロで氣を持たない人間がいたら高値で買い取ると言っている「ア・バオ・ア・クゥー」に売れる。

 まさに一挙両得の取引であった。


「ルーヴルさん、さっきから黙ってるが、どうかしたか?

「静かすぎる。侵入者が来たという割には、なんの音もしねぇ」

「ハハ。女2人でしょう。警報装置もならないんだ。今頃は、倒してお楽しみの最中でしょうよ」

「……だといいがな。おい、誰か様子を見てきてくれ」

「オレが行きましょう」


 ルーヴルの声に反応して、熊のような大男が立ち上がる。

 背中には大剣を背負い、上半身は半裸。酒を飲むと汚れるからという理由で着ていない。

 男の名前はデグラ。「剛剣」のデグラ。指名手配ランクB+。

 Bランクの中では手強く、ただしAランクほどではない事から、B+になっていた。

 罪状は強姦に強盗に殺人に暴行などなど。

 ただ、この場にいる面々はほとんど似たり寄ったりの罪状なのだが。

 デグラは部屋から出て行こうとした時、扉が自動的に開き、女性が1人入ってきた。

 黒い尖り帽子に、漆黒のローブ。金色の髪を靡かせている。

 「カレンデュラ」の魔法担当、ローザ・ヴァンディス。

 ただし、いつもの彼女とはまるで違う。別人と言ってもいいぐらい雰囲気が異なっていた。


 仕掛けたのは、先ほどルーヴルから指示を受けて外の様子を確認しに行こうとしていた「剛剣」のデグラだ。

 背中に背負っていた剣を抜き、二つ名の「剛剣」に相応しい荒々しい剣筋で、ローザを攻撃する。

 ただ、勝負は一瞬で着いた。

 デグラの上半身が、肉片すら残らずに消失したのである。

 左右の腕は支えがなくなった事で地面に落ち、大剣は大きな音を立てて地面に落ちる。


「これがB+? ほんとう、今の時代は平和ね」


 つまらなそうにローザは呟いた。


「な、何者だ、てめぇ!」

「俺たちが何者か知っての狼藉かッ」

「デグラ程度を斃していい気になるなよ!」


 酒を飲んでいた男達は椅子から立ち上がると、ローザに向けて次々と言う。

 男達は指名手配帳に、AあるいはB・B+で掲載されている悪人で強者である。


「ええ。知ってる。知ってるわよ。だから、来たの。貴方達は強いから、シル達と遭遇されると困るの。万が一に、あの子達が、貴方達みたいなカスと戦って負けでもして、疵物にされたらと思うと――。もう殺すしかないでしょう」


 明確な殺意をローザは、男達に向けて放つ。

 その殺意は毒毒しく、空間が波紋のように揺らめくかのように錯覚するほどであった。

 もとに殺気を受けた一部の男達は、呻きながら膝を地面に落とす。

 ルーヴルは立った状態で、ローザに訊く。


「何者だ。ただのハンターじゃないな」


 ローザは左手にしている黒の手袋を脱ぎ、眼前の男達に掌を見せる。

 掌には「Ⅸ」の数字と、それに纏わり付く竜が書かれた紋章があった。

 その文様はルーヴル達は知っている。

 先ほどまで居た「九頭竜」のメンバーである「Ⅲ」と同じ紋章だった。


「「九頭竜」の頭の1人か」

「ええ。でも、ここに居るのは「九頭竜」でも、ハンターパーティー「カレンデュラ」でもなくて、ただ一個人といるのだけど」

「……どういう意味だ」

「「九頭竜」のリーダー格であるⅠ、Ⅱ、Ⅲから特に指示も出されてないし、「カレンデュラ」として貴方達を捕らえるつもりもない。ただ、――魔法の実験体が個人的に欲しいだけなの。リーダーのシルはそんな事を絶対に許してくれないからね」


 Ⅸの紋章が描かれた左手に杖を持つ。

 杖に埋め込まれている魔石が、蘭々の光り輝き始める。


「――命乞いをしないのね」

「したところで、見逃してはくれないだろ」

「ええ」

「ただよ。オレ達が、簡単にお前のモルモットになると思うな! お前らっ、彼奴の魔力に圧されるな。圧されたら死ぬと思え!! 生き残りたかったら、あの女に死ぬ覚悟で立ち向かえ!!!」


 ルーヴルの鼓舞で、膝が地面に着いていた男達はふらつきながらも立ち上がった。

 ナイフ、剣、槍、銃、斧、杖などなど、自分たちが得意な武器を構え、ローザに向けて雄叫びをあげながら向かっていく。

 ――「崩壊する世界(セスイノオワリ)」――

 世界は七色に変化。そして灰色になり、黒になり、空間が崩れ落ちた。

 それは僅か一秒にも満たない時間。

 ローザに立ち向かって行った男達は瀕死の重体となって、なんとか生きていると言ったところだ。

 ローザは特に表情を変えること無く、再び杖を構える。

 魔方陣が現れ、そこから太った黒い竜がひっこりと出ると、瀕死の重体の男達を次々と食べていく。

 これは魔法生物で、胃袋はローザが所持している研究室に繋がっていた。

 全員、魔法生物に食べさせると、杖の先っぽで地面を一度叩いた。

 すると今までの静寂が嘘のように、喧噪として声が外から聞こえてくる。


「さて、城を彷徨っているシルと合流しないといけないわね」


 ローザは何事もなかったかのように、平然と部屋から出て行った。



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