第2話 その男、強靭につき

「あちい……」


ワシワシワシワシと風物詩どころの騒ぎではない大音量で鳴り響く蝉の合唱をBGMに、僕はその日街を歩いていた。


街とは言ってもさほど大きいものではなく、まぁそれなりにショッピングモールがあったりフードコートがあったりする程度の規模で、人通りもそこそこ。


良くも悪くもありきたりで、僕には少し退屈な街だ。


とは言え、家からさほど遠くないところに本屋と図書館が立地している点で言えば、読書を日々のささやかな楽しみにしている僕には非常に好都合である。


「……ま、こうも暑いと外に出る気もそうそう起きないんだけど」


それなのになぜ僕がこうして外を歩いているのかと言うと。


「やほ。悪いね、呼び出して」


この馬鹿みたいに暑い中僕を呼び出した張本人が、モバイルファンを片手に声を掛けてきた。


「全くもって悪いと思ってる顔じゃないんだけど」


そんなことないですよぉと彼女───天音あまねそらはへらへら笑う。


「今日はですね、イヤリングを見に行きたいのです」


「……それ僕来る必要あった?」


とりあえず冷房が効いた屋内にと連れ立って避難しつつ、早くも存在意義を失いかける僕。基本的に、お洒落とか流行とかは無縁である。


「や、何というか、変なの選ばないか心配だから常識担当」


……だそうだ。まぁ別に暑い中で歩くのが嫌だっただけで、さしたる予定もなかったから構わないのだけど。大抵、週末は家に引きこもって本を読んでいるような人間だから、家から出る理由を作ってくれるのは有り難いと言えば有り難い。


「あ、これ可愛い」


早速良さげな品を見つけたらしい。どれどれと彼女の手元を覗きこんで、そのまま固まる。


「……可愛いか?これ」


「いや、可愛くない?クモ」


”雲”ならまだ可愛げもあろうが、なにせ”蜘蛛”なのである。丁度、耳に着けると耳から蜘蛛が糸でぶら下がっているような具合の意匠だ。なかなかのアイデア作だとは思わなくもないが……。


とはいうものの、女子大生の耳に着けるには、いささかシュールである。では誰ならシュールではないのか考えようとして、やめた。少なくともこのイヤリングが似合いの人種を僕は知らない。


「……知ってたけど、相変わらずの趣味してるよね」


「んー、やっぱ万人受けはしないよなぁ……」


自覚はおありらしい。それでも一人だと恐らく「いいや、可愛いから買っちゃえ」という心理に負けるのだろう。仮に打ち勝つのだとすれば、それはもう本当に僕の存在意義がない。


「理想は、私の趣味と世間の”可愛い”のぎりぎりを攻めるラインよね」


……妥協点と言おうか、均衡価格的位置と言おうか。




あーだこーだ話ながら検討会をした末に購入に漕ぎついたのは、月と太陽をモチーフにしたシンプルな金のイヤリングだった。




「いやー、いい買い物したー!」


「納得いくのが選べたなら良かったよ」




なんだかんだで九時に集合してから三時間が経っていた。もう昼時である。


「お昼どうしよっか?」


「特に希望はない」


「何かはあれよ」


とりあえず店を探そうと外に出る。


そうして、無難にファミレスにするか、はたまた謎に選択肢に乱入してきたうどん屋にするかと話していた時である。




物凄い勢いでトラックがこちらに突っ込んできた。




「そら!」




なんで?



逃げなきゃ。



無理だ。



間に合わない。



耳をつんざくような轟音と、周囲の人々の悲鳴。




ぶつかった。




そう思ったのに、不思議に体に痛みはない。思えば、衝撃すらない。


知らぬ間に目を閉じていた目を、そっと開く。




「……え?」


地面にへたりこんだ僕。その隣に同様のそら。目の前には先刻突っ込んできたトラック。




そして───







その男はトラックに右手をついている。そう、


「思わずやっちゃったんだけど……。さすがにこれは誤魔化せない、よな」


半分トラックに陥没していた右手を抜きながら男は振り返って苦笑いした。


「……なん、で」


「彼は少々頑丈でして、ね」


いつの間にかすぐそばに、もう一人男が立っていた。


「お怪我はありませんかね、お二方?」


今時珍しい、和装の男だ。陶磁器のように白い肌で、この世のものとは思えないような美しい顔立ちをしている。


「大……丈夫です……」


「そう。それは良かった。さ、帰りますよ、ガシャ。この子たちは、。野次馬に乗じて去りましょう。」


にこりと笑って、トラックを止めた男を振り返る。


「おう、すまんな」


ガシャ、と呼ばれた男もニッと笑って応じ、立ち上がる。


再びこちらを向いた和装の男は、こう言った。




「それでは、




その言葉を最後に、ふっ、と一瞬にして二人の姿は消えたのだった。

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ぬらり 灯花 @Amamiya490

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