第3話 未必《みひつ》の故意から確定的な故意へ
「馬社長と直接交渉しようよ」と雪乃が事もなげに言った。
『そうね。ようするに、日本製のちゃんとした部品を使って、今後は一切不正をしないと約束して罪を償えば良いんだよね』
「あられがそれでいいのなら」と僕は言った。あられが(運転手も)1番の被害者なのだから。
だが僕等は間違っていた。
そんな善意が蜜よりも甘く感じる程の、彼らは悪人なのだ。
でもそれを知ったのはもっと後のことだ。
このときは正攻法や誠意が通じると思っていた。
甘々の僕達は、馬社長と面会のアポを取った。
仕事が終わる6時半ならと言うことで、工場にシャッターが下りたその時間に僕達は馬社長を訪ねた。
「工場を見せたくないのね」と雪乃が言い、成る程と思った。
通された応接室は、ソファとテーブル、インターホン以外、窓も無い不気味な部屋だ。
「私が社長の馬です」
口許だけで笑うその男は、ソファに座った途端、「おや?」という顔をしてしばらく沈黙した。
あられが、今回はかなり早い段階で馬に移ったようだ。
「電話では、地域の学校のために企業努力をする会社の紹介ということでしたね。私の会社ではあなたの学校にスクールバスを作っていますが、そのことですか」
「そのことです」
僕は単刀直入に、「御社が使う予定のシャーシのブレーキは欠陥品です。使用をやめて、日本製を使って欲しいのです」と言った。
我々はその事を知っている。という、事実を知らせるだけで充分だと思った。
驚いて椅子から飛び上がった馬社長は、僕らの予想通りロット番号と検査証を示したうえで、「日本製は価格が4倍だ」と喚きたてた。
雪乃が「でも人の命が失われるのですよ」そう言って幾つか集めたバス事故の記事と写真を提示する。
雪乃がフッと息を吐いた。
あられが馬から雪乃に戻ったのだ。
『この記事のバスは全て馬社長が前の会社で副社長のときに作らせたバスですね。それにトラックの排気ガスも基準を満たしてないし、カスタムカーのキャタライザー(触媒)はただの筒だってこと、社長さんの指示ですよね』
「なッ何をデタラメ言うか」
「出鱈目かどうか、あなた自身が一番良くご存じでしょう。あの車体を使うならこの事を法律に訴えますよ」
「わかった。それなら調べてみよう」
『あなたはそう言って証拠になるものを処分するおつもりのようですが、どんなことをしても隠すことはできませんよ』
続けて雪乃が、
「今示されたロットのシャーシ番号は、本国の製造工場に常務さんが取りに行った他の車体の番号ですよね。常務さんに訊けば判りますけど」
「常務さんはいません。自殺しましたね」
馬が唇を歪めて笑ったように見えた。
僕は驚き、あられが『自殺じゃない』と叫んだ。
その言葉を聞いて、顔を引きつらせた馬がインターホンを操作して何か言った。
男がノックもせずに入ってきて、身構える僕と雪乃にカードを配った。
「これは何ですか」雪乃が訊く。
「これは銀行カード。50万円おろせます。このカードをあなた達にプレゼントします。それは考えるための時間の代金」
僕はビックリしてカードを机の上に返した。
雪乃だけが「それでは私の分だけは一時的にお預かりします」そう言って受け取った。
後から知ったのだが、雪乃がカードを受け取ったおかげで、僕らは無事にこの会社から出ることができたのだった。だが危険は、会社を出てからも続いていたのだ。
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