第4話 襲われる
暗くなったので雪乃を送るため、一緒にバスを降りた。
『なるとくん。ヤバいわよ』
僕も後から数人の足音がついてくるのに気付いていた。多分バスに乗り、降りるときも一緒だった3人の男だ。
僕は靴を直すようにしゃがんで石を拾い、ついでに左ポケットのボールペンを右ポケットに移した。
この辺りの住宅は敷地が広いし霊園が近いので暗がりができる。
男が一人、走って僕らを追い越し、暗がりの中で道を塞いだ。
僕は準備していたスマホの録音ボタンを押す。
「お前はスズキユキノさんか」
異様な言葉使いに危険を感じた雪乃が、男と距離を取ろうとしたとき、後から来た男に腕を掴まれた。
「離しなさい」
雪乃が男を睨んで叱責する。
因みに僕は武道の心得は全く無い。だけど喧嘩は気合いだということぐらいは知っているし、複数を相手のときは距離を置くという原則も中学生のとき覚えた。
まず一番強そうな奴を見定める。
怪我をさせることを
僕は石を握りモーションをおこした。
腕を掴んでいた男がいきなり「俺はマオ・シュウイ」と名乗ったので、驚いて誰もが動きを止めた。
「谷町3丁目の南アパートに住んでる。この前コンビニを襲ったのは俺達3人だ」
言った男も、あとの二人も慌てふためいて「シャァズ」「ビイッツェイ」と叫ぶ。多分、馬鹿やろうとか黙れとか言ったにちがいない。
2番目の男が「俺達を雇ったのは東方車体の馬社長だ。女はレイプして男は殺せと言われた」と言い、雪乃を掴んでいた男をいきなり殴った。
3番目の男は「グゥエイ」と、蛙が鳴くような声で喚くと、雪乃を払いのけるような素振りを見せながら後ずさった。
あられが『あのときの、血まみれの私の姿を見せてやったの』と言った。
雪乃が素晴らしいソプラノで「キャー」と悲鳴を上げた。
そして楽譜を読んでいるように息継ぎをして「たすけてー」と叫ぶと、男達はダッシュで僕の前を走り抜けようとしたので、一番後の男の足を蹴りあげてやった。
男はつんのめり、前の男をつきとばしたので、その男もまた前の男を突き飛ばすことになり、三人は地面に顔や膝をぶつけて、痛そうな呻き声を上げた。
雪乃の声が聞こえた家々の窓やドアが開き、人が出て来る気配がするなかを、男達は顔を隠して逃げていった。
『うえッ。気持ちが悪かったあ』
あられが、『あいつらの心には良心が全く無いの。吐きそう』と言った。
雪乃は素早くスマホを出して警察に電話する。スピーカーに切り替えると「警察です。どうしましたか」と、滑舌の良い声が聞こえる。
「事件です。今、三人の男にレイプされかけました。場所は中野団地の東、霊園の入り口近くです。男達は友達が抵抗してくれたのと、近くの人達が出てきたので逃げました。男の一人は谷町3丁目の南アパートに住むマオ・シュウイと言っていました」
「怪我はしていませんか。救急車は必要ですか」
「右腕を強く掴まれて内出血していますが大丈夫です」
「そちらに警察車両を向かわせました。安全な明るいところまで出ていてください。男の服装を覚えていますか」
「三人ともジーパンで一人はグレイのTシャツ。一人は緑っぽい半袖ジャンパーです」
「もう一人は髪が金髪でニットの帽子を被っていました。えーと、鼻にピアスをしていました」
僕達は一緒にバスに乗ったこの3人を最初から注目していた。
通信指令室の担当者の後で、次々に緊急手配を指示する声が聞こえる。どうやら機動捜査車両が南アパートに向かったようだ。
雪乃が、「レイプは性犯罪の中でも最も重い罪なの」と言った。
「強制性交等未遂罪ね。これを指示したという馬社長は教唆犯で実行者と同じ罪になるわ。刑罰は未遂であろうと既遂と同じ5年以上の有期懲役になる。加えて私の腕に内出血の傷害を与えたから、結果的加重犯よ。つまり、強制的に性交することが目的で傷害を与えたわけだから強制性交等致死傷罪が成立するの」と雪乃が小声で教えてくれた。
さすが、国立大の法科を目指すだけのことはある。と感心した。
雪乃は担当警察官の質問に答えながら、僕の録音したスマホから、「馬社長から、女はレイプして男は殺せと言われた」という言葉を110番との電話に流した。
「こうしておくと、この110番通報は全て録音されているから、警察は1次捜査をしないわけにはいかなくなるでしょ。起訴の証拠になるしね」と雪乃がそッと言って笑った。
警察署で僕のスマホの録音を聞き、雪乃が出した銀行のカードを見た警察官は刑事官に連絡したようだ。
続いて雪乃の腕の写真を撮り、「保護者の方に連絡するからね」と言った
3人の男が緊急逮捕されたらしい。馬も国外に出ようとしているところを、同行を求めた警察官に暴行したとして、公務執行妨害で現行犯逮捕したと担当警察官が教えてくれた。
出署してきた刑事の男性と刑事官の女性が、「解らないことがあるの」首を傾けた。
「あんなに犯罪に手慣れた奴らって、犯行のときは殆ど黙ってするのに、何故あんなにべらべら喋りながらやったのかしら。それにこんな可愛いお嬢さんのことを、あの女は幽霊だって言ってるし」
そう言って雪乃をじっと見つめた。
「それにあなたの対応も冷静すぎる。余っ程彼を信頼してたのかしら。一人はナイフを持っていて、『殺す』は本気だったみたいよ」
雪乃は「それなら殺人未遂も加わりますね」と言い、「そうですね。彼を信頼してました。それに、私が幽霊に見えるような余罪があるのかもしれませんね」
「そうね。そこはよく調べましょう」そう言って席を外した。
雪乃の両親が迎えに来た。
何もしなかった僕に礼を言ってくれているとき、戻ってきた刑事官が驚いた顔をして「鈴木検事正!」と雪乃のお父さんを呼んだ。
その声で警察官達が一斉に注目する中、「娘と友達が大変お世話になりました」と言って頭を下げた。
刑事官が「それで……」と納得したように雪乃を見直した。
僕を送ってくれる警察車両の中で刑事さんに「検事正って偉いのですか?」と訊いてみた。
「ああ、地検のトップだよ。確か奥さんは司法修習時代、いずみ寮で知り合った同期で、今は判事さんだと聞いたけどね」
運転している刑事さんが「おまけに刑事官と知り合いときた。こりゃあしっかりやらねえと……」と呟いた。
結局、馬は墓穴を掘った形で逮捕され、幾つもの事件が解決しそうだと、お父さんから聞いた雪乃が教えてくれた。
スクールバスは必然的に入札のやり直しになるので事故の心配もなくなる。
僕達は雪乃の別荘で雪乃グループと合流した。
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