第2話 馬社長の陰謀

 あられとコンタクトした僕は、再び加代に電話して、「帰ってこい」と言ったことを取り消した。

「詳しいことは後から説明するけど、俺と雪乃の間に勘違いと誤解があったんだ。俺達も調べ物が終わったら雪乃と一緒にそこに行く。でも海に入るのはまってと雪乃が言ってるから徹底してくれ」

 加代が、

「受験勉強の合宿なんだものね。溺れかけた宮田君と中家君は皆の気を引き締めるのにとても役に立ったと思うわ」と言った。


 僕は、あられが死んだ原因になったスクールバスの欠陥シャーシを使おうとしている企業のことを、改めて雪乃とあられから聞いた。


 一般にトヨタや日産という大メーカーは1台や2台の特殊車両は作らない。

 消防車やパトカーは、消防庁、警察庁の仕様書に従って、特装専門のビルダーが元になる車両をメーカーから買い、それを解体して、装備を付け足していくのが普通だ。


 スクールバスも1台であれば、幾つかのビルダーに仕様書を提示して入札させる。

 

 今回のバスは、『東方車体』という会社が落札した。


 雪乃の説明によると、あられが東方車体に注目するきっかけになったのは、新しく就任した、まーという、日本人には馴染みの薄い社長の姓からだ。

 それは衝突横転事故をおこしたバスを作った、北東特殊車両という会社の副社長の名前と同じだったのだ。


 事故後、北東特殊車両は、事故調査委員会に欠陥を指摘されたシャーシを処分して倒産している。

 その土地、工場を居抜きで買い取ったのが、東方車体なのだという。


 雪乃はあられと共に、東方車体の工場に行ってみた。

 門からスーツケースを引いた男性が出てきてすれ違ったとき、怒りの波動を感じたという。あられが『あの人をつけて』と言った。


『あの人、馬社長のことをすごく腹を立てていた』

  

 電車に乗った男の横に雪乃が座る。

 男に憑依したあられは、男の意識を読み取り、『次の駅で降りよう』と雪乃に言った。

 帰りの電車を待つホームで、あられは驚くことを雪乃に伝えた。

『今の人は、東方車体の常務さんだった。工場には欠陥シャーシがあと3台も隠されているみたい。それを改竄かいざんするために、シャーシを作った工場に、別のロット番号を取りに行くみたいよ』 


「ということがわかったので、私達はそれをあなたに伝えにきたの」

『どうする? なるとくん』

「えーと、取り敢えず先生に言う。てのが普通の高校生なんだけどね……」

「だけど」と、力を込めて、


「先生じゃ駄目だ。購入の変更を決定するのは理事会だから、そこを動かすには動かぬ証拠ってやつが必要だ」と駄洒落を交えて言うと、あられに『パパみたいでキモイッ』と一蹴された。

「先生も警察も、口で言うだけでは動いてくれない。それは確認済みなの。だからシンを捜したんだから」

『それにね、ただ注文を取り消させるだけでは駄目。あいつらは欠陥を知ってて、他にもいっぱい見えないところの手抜きをしてコストを下げているの。そのせいで私はあいつらに殺された。それなのにまた同じ事をしてお金を儲けようとしているのよ。絶対に許せない』


 あられのテンションが上がる。

 あられの怒りはとてもよく解る。でも僕はあられに人の命を奪わせたくない。

「だめだよ、あられ。取り憑いて殺しちゃ」

 そう言う僕に、美しい雪乃の唇から、ヘタレッと思いがけない言葉が吐き出された。

 どちらが言ったか判らない。だが唖然とする僕を見て、明らかにこれは二人だと判る笑い声が、口を覆った両手から盛大に漏れてきた。

「でもそんなシンがいいんだけどね」

『なるとくん。そんなことができるのならとっくにやってる。でもあいつらが死んで、ここで私と同じ空気を吸うんだって思うとゾッとするから死んで欲しくはないかな』


 本当はできるのだ。だって僕に憑依したとき僕の手を、唇や声を動かしたのだから。


「同じ空気を吸うことはないと思うぞ。あいつらは地獄に直行するだろうし、あられは神様に愛されてここにいるんだろ」

 僕はさっきと矛盾したことをいっているが、それでようやくあられの心が落ち着いた気配がして、雪乃がそっと僕にVサインを出した。雪乃が「ヘタレ」と言ったわけがようやく解った。

 雪乃は弱い者が口に出せない恨みや怒りを代弁する心の強さを持っている。


 

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