第12話 魔の森

「主、そろそろ。」

「ん?あぁもうそんな時間か。累、悪いけど僕森に行かないといけないんだ。」


 美羽に言われて時間を確認するともう森に行かなければいけない時間になっていたことに気付いた。

 女性であれば送った方がいいのだろうが、累は男性であるためその必要もないだろう。


「陽輝君、差し支えがなければ私もそれに同行しても良いだろうか。」

「え?でも親が心配しない?」


 陽輝としては構わないのだが累が同行したいと言った瞬間、美羽が心底嫌そうな顔をした。

 何故そんなに嫌そうな顔をするのか陽輝には分からなかったが、美羽としては陽輝との時間を邪魔されたくなかったのだ。

 家にいればシャルムが陽輝のそばを離れず、昼間の学校でも累がいる。

 シャルムの様子だと明日から学校にも付いてくるだろう。

 だから、シャルムが付いてこれない夜の森の見廻りの時間が、唯一陽輝と2人になれる時間だったのだ。


「それは大丈夫だ、私は1人暮らしだからな。」

「祓い屋なのに1人暮らしって、本当に累は特殊なんだね。」


 祓い屋は本来、数人の陰陽師を連れていなければいけない。

 しかし、累は誰1人として陰陽師を連れておらず、その上1人暮らしとのことだ。

 だが家庭の事情は様々なため、陽輝は部外者の自分が口を出すのは野暮だろうと思い、累の同行を許可した。


「じゃあ、行ってくるねシャル。」

『はい、お気を付けて。』


 シャルムに見送られ家を出ると陽輝はハッと思い出したかのように固まった。

 それを察した美羽はあきれた様子で深い溜息を吐く。


「もしかしなくても今思い出したのですか?」

「…今日が満月だったら累を乗せて行けたのに…こんなことで結晶外すのもなぁ。でも歩いて行くには時間かかるし。」

「?」


 陽輝達の家がある山は一部が森の中に入っていて森との距離自体はとても近い。

 だが今から行く目的地までは少し離れているため、陽輝はいつものように行こうと思ったのだが今日は累が一緒だった。

 累は陽輝達の会話に理解が追いつけず首を傾げるしかない。


「…累、足に自信はある?」

「まぁその辺の魔物には追いつかれない自信はあるが…それがどうかしたのか?」

「んー、それくらいなら大丈夫かな?」


 何故そんなことを聞くのか累は分からなかったが、陽輝は1人納得すると森の方へと歩き出した。


「付いて来たいって言ってのは累だからね?しっかり付いてきてよ!」


 陽輝はそれだけを言うとすごい速さで駆け出した。

 急なことで驚いたが、累はすぐに見失わないように後を追いかける。

 山に生えている木の位置を覚えているのではないかと言うくらい陽輝は速度を落とすことなく走り続け、時には枝から枝へと飛び移りながら移動していた。

 陽輝はチラっと後ろを振り返り累が付いて来れているか確認したが、思ったより平然と付いてきていたことに少し驚く。

 だが同時に、その身体能力の高さ故に、祓い屋でありながらも単独で行動しているのだろうと納得した。

 その後ろには美羽が付いてくれているため、多少離れても問題ないだろうと陽輝はそのまま走り続ける。

 しばらく走ると、いつも来ているこの森で一番大きな樹木の前に到着し、少し遅れて累もやってきた。

 あの速度で走り続けたからか、流石に息を切らして膝に手をつき息を整える。


「はぁ、はぁ、流石に、疲れるな。」

「それでもあれに付いて来れるなんて正直びっくりしたよ。」

「この広い森で、君を見失うわけには、いかないだろう。」

「でも最初より主から少し離れてたわよ。もっと体力付けなさい。」


 累の後ろを付いてきていた美羽はそう呆れたように肩をすくめた。

 神に造られた陽輝に付いていけるだけ十分体力はある方なのだが、何せ美羽は陽輝と2人きりの時間を邪魔されたのだ。

 ちょっとした腹いせである。

 冗談だろうと思いながら累は美羽へと顔を向け、そして目を見開いて固まった。


「美羽君…その翼は…」

「これは生まれつきよ、もうそういう顔をされることには慣れたわ。」


 振り返った累の目に飛び込んできたものは美羽の背に生えている天使の翼だった。

 飛んで付いてきていたのか、美羽は【隠伏】を解いていて翼も露わになっている。

 美羽の翼は累の知識にあるどの翼よりも大きく、おそらく通常の天使の倍はあるだろう。

 しかし、それ以上に驚いたのはその美羽の翼の色であり彼女の翼は純白、ではなく天使にあるまじき漆黒だったのだ。


「あ、いや、すまない。」

「別にいいわよ、もう気にしていないもの。」


 強がり、と言うわけでもなく美羽は本当に気にしていない様子でそう答えた。


「よし、それじゃあちょっと待っててね。」

「私も一緒に…」

「ダメよ、あなたは私とここで待つの。」


 木に登ろうとしている陽輝に付いていこうと累は足を進めたが、美羽に肩を掴まれてそれは叶わなかった。

 そんな累に陽輝は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべると、彼らに背を向けて樹木へと近付く。


「今日もよろしくね。」


 陽輝は樹木にそう声を掛けると、一気に駆け上がった。

 それを眺めていた累は一緒に待っている美羽の方へと顔を向け声を掛ける。


「どうして付いて行ってはいけなかったんだ?」

「この木に登って良いのはこの森に認められた主だけよ。」

「…どう言う意味だ?この森に認められたって。」

「そのままの意味よ、まぁそのうち分かるわ。」


 美羽は累の問いに曖昧に答えると、陽輝が駆け上がっていった樹木に視線を戻した。

 樹木へと触れずとも美羽は自身の翼で陽輝に付いていくことはできる。

 だが、魔物がうろついているこの森で累を1人にするわけにはいかない。

 いくら妖力が扱える累だとしても万が一ということも有り得るため、初めから置いて行くという選択肢は美羽にはないのだ。

 背後を取られたことは悔しいがその実力は認めている。

 そんな美羽の心境を知ってか知らずか、累はそれ以上美羽に追求せず、同じように見えなくなった陽輝の姿を追うように見上げた。


 一方で陽輝は、枝から枝へと飛び移り、もうこれ以上は登れない一番高い位置にある枝へと飛び乗ると森全体を軽く見渡し、音に集中するべく目を閉じる。


『はるさまきたー!』

『きたきたー』

『はるさまー』


 陽輝の耳に届いてくる幼い子供達のような声はこの森にいる実体を持たない下位精霊達だ。

 実体が無いと言っても、その場に存在しているため、精霊の声は聞こえなくてものある者は認知できる。

 認知できる者には、淡い色のついた光がフヨフヨ漂っているように見えている筈だ。


 精霊達は陽輝が来ると嬉しそうに周りを飛び回ったり、肩や頭に乗ったりしていたが、樹木の下に累がいる事に気が付くと、少し警戒するように動きを止めた。


『にんげんいるー!』

『ほんとだー』

『はるさまだいじょうぶー?』


 精霊達は陽輝の事情を知っており、心配そうに陽輝に擦り寄る。

 今の陽輝には魔力はないが、上位精霊のシャルムが陽輝を主と認めているためか、精霊達は魔力の持たない陽輝に懐いていた。


「彼は大丈夫だよ。僕に、君は信頼できるって言ってくれたんだ。」

『そーなのー?』

『いいひとー?』

『はるさまへいきー?』

「うん、心配してくれてありがとう。」


 陽輝がそう言って精霊達に微笑むと、彼らは警戒を解いて周りに集まっていた何名かは、累を間近で見ようと降りていった。

 累は妖気を感じ取ることはできても魔力に関しては何も感じないようで、おそらく精霊達には気付かないだろう。


(まぁ精霊に興味を持ってもらえる事自体珍しいんだけどね。)


 陽輝は累を見るために降りていった精霊達を見届けながら笑みを浮かべる。

 精霊達は良くも悪くも純粋で無邪気であり、好き嫌いがハッキリしていた。

 人間は精霊達にとってあまり好む部類ではなく、精霊自ら進んで近付くことはほとんどない。

 人間の精気には悪が混じっていて、精霊が好まない理由であり人間界で実体を持てない原因もそこにあるのだ。


 陽輝は降りていった精霊達の姿が見えなくなると、残った子達の無邪気な声に癒されながら特に異変はないか聞いていく。


『ないよー!』

『きょうないー』

『ないないー』

「そっか、いつもありがとう。」


 陽輝が来られない昼間はこの子達精霊に森の管理をお願いしている。

 だが実際には森に何らかの異常があった場合、彼ら非契約精霊では、仮に戦闘になったとき勝ち目はない。

 精霊たちは事を陽輝に知らせる伝書鳩のような役割を担っていて、陽輝が駆けつけるまではこの森の魔獣たちが対応してくれている。

 魔獣は魔物と違い知性があるため、縄張りに入ったりこちらが危害を加え無ければ襲ってくることはないのだ。

 言葉も理解できるため、稀ではあるものの魔獣を隷属にしている者もいる。

 陽輝はこの森の魔獣と契約しているわけではないが、向こうが友好的なのか何故か陽輝のお願いを聞いてくれていた。


 精霊達の声を聞き、この森の魔獣の様子を見たところ昼間も問題は無かったようだ。

 特に以上は無さそうであるため陽輝が樹木を降りようとすると、森が何かを知らせるように少しザワつき始める。

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