第11話 天からの使者

 陽輝は人間が他の種族から滅ぼされることがないように、神々が人間のために造った言うなれば兵器のようなもの。

 遥か昔、この地から追い出された多くの種族達が大人しく出て行ったのかと問われればそれは否だ。

 訳も分からず、人族の主張だけを押し付けられて、納得する種族など一つのなかった。

 様々な種族が反発することがなかったのは、生活するにはこの地は狭すぎることと、争いごとが嫌いという事から出て行ったにすぎない。

 しかし、他の種族が別の地へと姿を消して何十年か経った頃、突然人族が一部の種族から襲われ始めたのだ。

 人間を襲っていたのは主に魔族だった。


 魔族は人間に害をなす者が多く存在する事から、1番煙たがられていて、そのせいでどの種族よりも先に追い出されてしまっていたのだ。

 逆に妖怪族は人間と共存して生活していた事から、人族とも良い関係を作っていて、始めのうちは追い出されるということもなかった。

 しかし魔族はそれを良しとはせず、いつまでも人族と一緒にいる妖怪族が気に入らなかったのだ。

 だから魔族は【隠伏】で人間に化けて妖怪の悪い噂を広め、時には魔物に人間を襲わせて、人間との間に亀裂が入るよう仕向け始める。

 そして魔族の思惑通り人間と妖怪の仲が悪くなり、人間は妖怪退治を始めた。

 だからほとんどの妖怪は、地獄という世界を作り、そこへ逃げるように移り住んだのだ。

 しかし、妖怪族の中にも人間たちに腹を立たせ、人間を殺すものが現れだした。

 その頃から人間に手を出すものは〈妖〉、それ以外を〈妖怪〉と分けられるようになったのだ。

 しかし、このまま放っておいては力の持たない人間は妖に滅ぼされてしまう。

 そんな下界を天から見ていた神々は、人族を哀れに思ったのか陽輝という存在を造り出し人間に害なす者を滅するよう命じた。

 そのお目付役として美羽が陽輝とともに下界へと降りてきたのだ。


「と言っても僕は覚えていないんだけどね。」

「覚えていないというのはどういうことだ?」

「もう何千年も前のことだし、僕が目覚めた時にはもうこの地だったんだ。」

「…ほぅ。」


 〔神からの命〕も〔天使のお目付役〕というのも陽輝はあまり覚えておらず、全て美羽から聞いたもの。

 だからそのお目付役である美羽は、陽輝が命じられたことを守っているか常に見張るためにいる。

 だが何故か美羽は人間界に降り立った途端、天界から繋がっていた糸(天糸アノリー)を自ら切ってしまったらしい。

 その事を聞いたのはこの世界へと降りて一年ほど経った頃だった。

 天からの糸と言えば聞こえはいいが、そんな優しいものではなく元々は天使の行動を制限するために作られたもの。

 だが天糸は自分で天界への扉を開くことのできない天使にとって命綱のようなものでもある。

 それを切ってしまうともう天界へは戻れない、お目付役として送り出されたというのにこれでは報告できないのではと陽輝は聞いてみたが、


「別にいいわ、元々監視なんてするつもりなかったし。むしろやっとあの息苦しい場所から解放されて清々するくらいよ。」


 と、言っていた。

 今のところ神からの天罰も無いため大丈夫なのだろうと思い陽輝は放置している。

 その息苦しい天界にいたためか、出会った当初の美羽はトゲトゲしていたが今では随分と丸くなった。


「あの時の美羽のツンツンぶりといったらもう…」

「主!もうあの時のことは忘れてください!」


 陽輝が思い出しながらそう呟くと、黙って話を聞いていた美羽が顔を赤くして止めに入る。

 美羽にとってあの頃の自分は黒歴史でしかないのだろう。


「…美羽君にもそんな時期が…。」

「うるさいわね!あの時はまだ未熟だったのよ!」

『今も充分未熟ですわ、アンジェは感情が表に出やすいですもの。』

「…何言ったか分からないけどバカにしていることだけは分かるわよシャルム。」


 美羽が赤い顔のまま陽輝の膝の上で寛いでいる精霊のシャルムを睨んだが、彼女は何食わぬ顔でそっぽを向いている。

 美羽とシャルムが言い合っているところを見て累は陽輝に話しかけた。


「陽輝君、そのシャルムという子は君の契約精霊なのか?」

『シャルム様と呼びなさい、陽様が付けてくれた名なのです、軽々しく人間が…』

「シャル、累には聞こえてないから…うーん、だったという方が正しいかな?今の僕には契約はできないから。」


 今は契約していないと陽輝は答えていたが、逆に言えば昔は契約していたということになる。

 しかし、どうしても腑に落ちないことが累にはあった。


「契約出来ていたのだとしたら、どうして君から妖気を感じるんだ。あり得ないだろう。」


 理解できないと言うかのように頭を抱え始めた累に陽輝は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 精霊と契約するためには、〈魔力〉が必要なのだから。


 この世界には〈妖力〉と〈魔力〉の2つの力があり、全ての種族は大なり小なりどちらかの一方の力を持っている。

 逆に言えば、一方の力しか持てないのだ。

 の力を持っている者など聞いたこともなく、それこそ神にもいない。


「僕は神々に造られた存在だ。自分で言うのもなんだけど、常識の枠には収まらないんだよ。」


 顔を上げた累の目にはそう言った陽輝の顔は何処と無く悲しそうに見え、同時に後ろにいた美羽の苦虫を噛み潰したような表情に違和感を覚えた。


『私はたとえ契約していなくても陽様のそばを離れる気はございませんわ。私の契約者は陽様だけと決めていますもの。』

「…ありがとうシャル。」


 シャルムはそう言いながら陽輝に頭を擦り寄せ、陽輝は少し戸惑いつつも嬉しそうにシャルムを撫でる。


「ん?でも精霊は契約しないとこの世界では実体を持てないのではなかったか ?」


 累が思い出したかのようにシャルムを見た。

 精霊はこの世界の精気に弱く、自らではこの世界で実体を持つことができない。

 だから精霊は契約者から魔力をもらい始めてこの世界で実体を得ることができるのだ。

 精霊と契約するためには条件があり、ましてや精霊の言葉が分かる種族は限られているため、この世界で実体を持っている精霊はとても珍しい。

 契約が解除されれば契約者から提供される魔力がなくなってしまうため、元の魂だけの精霊に戻る。 

 しかし、累の目の前にいるシャルムは非契約精霊でありながら実体を持っている。


「シャルは精霊の中でも上位に位置するから、一度でも契約すれば解除した後でも実体を持てるんだよ。」

『私をその辺の格下と一緒にしないでくださいな。』

「いや、その、申し訳ない。」


 プイっと機嫌を悪くしたシャルムに累は思わず謝罪した。

 言葉は分からなくても気を悪くさせてしまったということは分かったのだろう。

 素直に謝った累に対して、シャルムは驚いたように累へと向き直ると、今度は感心したように近付いた。


『…人間の中にもあなたのような者がいるのですね。まさか私達精霊に頭を下げる人間がいるとは。』

「?なんだ?」

「君のこと見直したみたいだよ。」


 急に近付いてきたシャルムに累は戸惑うが、敵視されているわけではないと分かると、ほっとしたように安堵した。

 そして近付いてきたシャルムの頭を撫でようとして累が手を伸ばすと、ヒョイっと躱されてしまう。


『気安く触らないでくださいな。』

「なんで逃げるんだ?」

『私はあなたに興味を持っただけにすぎませんのよ。』

「…見直しはするが、まだ認めてはいないってところか。」

「累、本当に言葉分からないんだよね ?」


 何故か噛み合うシャルムと累の会話に今度は陽輝が戸惑う番である。

 陽輝の言葉は聞こえなかったのか、未だ言葉を投げ合う2人に、意外と息が合うのかもしれないと陽輝は心の中で呟いた。

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