第10話 何者なのか

「遅くなってごめん累。」

「!…いや、大丈夫だが、随分と時間がかかったな。」


 教室へと戻ってきた陽輝と美羽は扉を開けると同時にそう声を掛けた。

 窓の外を見ていたのか、累は窓から陽輝に視線を移し、鞄を持つと席を立つ。


「愚か者どもが主に不敬を働くからです、李音という亜人も真面目だか何だか知りませんが、主に対する態度はいただけません。…思い返すと腹が立ってきました。」

「…は?」


 大人しくしていた美羽だが先程の事を思い返していたようで、怒りをどこにぶつけて良いか分からず今にも地団駄を踏みそうだった。

 累は意味がわからないと言った表情で美羽を見上げている。


「な、何でもないよ。よし、じゃあ僕らの家に行こうか。」

「あぁ…さっきも思ったんだがどうして君の家なんだ?」


 自分の家に行こうと言う陽輝に対して累は純粋な疑問を投げかけた。

 陽輝の様子からしてあまり知られたくないと言う事は分かるが、それならば家を教えるということも良くはないのではないのか。

 そんな累の疑問に陽輝は少し考え込むような姿勢を見せると、


「うーん、家が知られるよりも僕のことが知られる方が…いや、どうせ明日のテストで知られるのか。でも、変に目立ちたくないし、テストって言っても僕の実力が最初から知られてるわけじゃないから多少手を抜いても…」


 なにやらブツブツと言っている陽輝に累は首を傾げるしかなかった。

 特に気にしていない美羽の様子を見ると、失言だったわけでもなさそうだったため、累は陽輝の考えがまとまるのを待つことに。


「…うん、やっぱり僕らの家に行こう。」

「あ…ああ、君が良いのなら。」


 考えた結果、やはり家の方が都合がいいと、陽輝は累を連れて家へと向かった。



*****



「…ここが君達の家なのか。」

「そうだよ、って言っても用意してもらった家なんだけどね。」


 陽輝達の家に到着して、その家を見上げた累は唖然としたようにそう呟き、陽輝は平然とそれに答えた。

 陽輝達の家は森の隣に位置する山の中に建てられており、森と街を両方見渡せるようになっている。

 山と言っても標高150mほどの高さしかなく、登るのはそれほど苦ではないが森の近くということもあり人間が登ってくることは滅多にない。

 だが万が一ということもあるため、この家全体に【隠匿】の術式が施されている。

 陽輝の家はその山の頂上にあり、家全体は木造で出来ていて、瓦の屋根や広い庭園など、陽輝と美羽の2人だけで住むには大きすぎる家だった。


「こんな家、歴史本でしか見たことないんだが…。」

「気にしてたらキリがないわよ、諦めなさい。それにこの辺にはそうそう人間なんて近付かないし知られていないわ。」


 美羽は未だ動揺している累にそう言葉を吐き捨てると、玄関の扉を開けた。

 ただいまと、陽輝が家に入ると、何やら小さい生き物がすごい速さで駆け寄ってくる。

 30cmほどのその生き物は白く綺麗な毛並みを持った、赤い瞳が特徴的な見たことも無いものだった。

 例えるなら兎と狐を足して割ったような生き物だ。

 その生き物は駆け寄ってくる勢いのまま陽輝に思い切り飛び付く。

 陽輝は予想できていたため、特にフラつくことなくそれを受け止めた。

 今日はよくタックルされるなぁと陽輝が呑気に考えていると、その生き物は怒った様子で騒ぎ始める。


『酷いですわ陽様!どうして置いて行くのです!?』

「だって気持ちよさそうに寝てたから。それに連れて行って良いかも分からないし。」

『寝てても起こしてくださいな!それに同行の許可は精華様にちゃんともらってますわ!』


 ギャンギャンと未だ騒いでいるその生き物に累は面を食らっていたが、ハッと我に帰ると苦笑いを浮かべた。


「全く、陽輝君には驚かされることばかりだ。」

「ごめん累、この子も含めて話すからとりあえず上がって。」


 陽輝はその子を自分の肩へ乗せると居間へと移動する。

 累は広い家だから結構歩くのかと思っていたが、玄関から居間まではそれほど遠くないようで、意外とすぐに着いた。


「じゃあ僕ちょっと着替えてくるから座って待っててよ。」

「了解だ。」


 陽輝は累を案内すると、着替えるために一度自室に戻った。

 美羽も一応客人だということで、お茶とお茶菓子を用意しに陽輝と同じように退出する。

 取り残された累は用意されていた座布団に座ると興味深そうに部屋を眺めた。

 すると視界の隅にポツンと襖の前に座っている小さい生き物が目に入る。

 その生き物は累をジーっと睨んでいて微動だにしない。


「……君は陽輝君に着いていかなくて良かったのか?」

『人間を陽様の家で野放しにできるわけないでしょう。わたくしは監視をしているのです。』

「それにしても、今日は驚くばかりだな。君は精霊だろう、陽輝君は君と契約が出来るのか。」

『!何故私が精霊であると分かるのです?』

「…全く妖気を感じないし、それにこんな生き物は今まで見たことがない。」

『まさかあなた、妖気を感じ取ることが出来るのですか。』

「妖力を持たない種族は多々あるが…」

「…累…君、この子が何を言っているか分かるの?」


 着替えから戻ってきて、装束、というよりは巫女服に近い姿の陽輝が驚いたように累とその生き物を見比べた。

 累は何をそんなに驚かれているのか分からず首を傾げる。


「いや?私にはキューキューと言っているようにしか聞こえないが?」

「いくら彼が特殊だといっても流石に分かるわけないですよ。彼女達の言葉は契約した者と一部の種族にしか分かりませんから。」


 私だって分からないのにと、美羽はお茶の用意から戻ってくるなり、そう不貞腐れながらお茶を置いていく。

 噛み合っていないようで何気に噛み合っている会話にまさかと思ったが、どうやら陽輝の勘違いだったようだ。

 陽輝が累の前に腰を下ろすと、美羽はその斜め後ろに座り、精霊は陽輝に駆け寄り肩へと飛び乗った。

 肩へと乗ってきた精霊の顎を優しく一撫ですると陽輝は累へと視線を寄越す。


「さて、どこから話そうか。累は僕の何が聞きたい?」

「そうだな…じゃあまずは陽輝君、君の性別はどっちなんだ?」

「…え?そこ気になる?」


 何者であるのか、どこからきたのかなどを聞かれると思っていた陽輝は、予想外に質問に思わず呆気にとられてしまった。

 そんな様子の陽輝をよそに累は言葉を続ける。


「男用の制服を着ていたが君は童顔で声も中性的だからどっちか分からないんだ。」


 陽輝の容姿は身長は170cm弱で髪は金髪だが毛先は若干緑色で肩くらいまであり、サラサラとしたストレートである。

 可愛い、カッコいいというよりは綺麗という言葉がピッタリの顔立ちをしていた。

 だから性別が分からないのもある意味仕方がなく、陽輝は自身の容姿には無頓着だが童顔という自覚はある。


「んーまぁそうか。でも僕は男でも女でもないよ。」

「…どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ、僕に性別はない。必要がないからね。」


 平然とそう言い放った陽輝に今度は累が呆気にとられる番だった。


「…性別がないなんてあり得るのか?繁殖できないとその種が絶えてしまうだろう。」

「うん、僕はその繁殖の必要がないんだよ。累なら繁殖の必要がない唯一の種を知ってるよね。」

「……!まさか!」


 累は一つの種族を思い浮かべると興奮したように立ち上がった。


「神とでも言うんじゃないだろうな。繁殖の必要がない種なんてそれ以外聞いたことがないぞ。」

「当たらずも遠からず、と言ったところかな?僕はその神々に作られた使者なんだ。」

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