第9話 学園の風紀委員

おそらく周りにいた誰かが呼びに行ったのだろうが、見たところ教師ではなくこの学園の生徒のようだ。

 声の主は、ショートの髪型が良く似合う背の高い女性のようで、腕や足には所々青色の鱗が生えていて、後ろには尾が見えている。

 角や翼があるところを見ると彼女は獣人族の蜥蜴リザード人種ではなく竜と人間の亜人族のようだ。

 彼女の後ろには2名ほど同じようにこちらに向かってきていた。

 皇眞達は舌打ちしていたが、陽輝に突っ掛かる様子はない。


「誰かと思えば、たかが蜥蜴じゃねぇか。」

「学校内で許可なく力を使用することは禁止されています。HRでも担任から言われている筈、君たちは何をしていたんですか。」

「黙れ!蜥蜴風情が僕に命令するな!」

「その態度からしてこの騒動の発端は君達ね。事によっては厳重注意だけでは済みませんよ。」

「はぁ、もうこんな下等な奴らなど放っておいて行きましょう。獣風情には何を言ったところで無駄です。」

「ちょっと、待ちなさい!まだ話はっ」

「うるさい黙れ!僕に指図するな!」


 皇眞達は彼女の言葉を無視して去って行ってしまった。

 しかし彼女達は誰も追いかけようとはせず、ため息をつくだけで頭を抱えている。


「どうして誰も追いかけないのでしょう?」

「追いかけたところで刺激するだけだから、彼らのような私達を見下している人間は特にね。」


 美羽の疑問に答えたのは、黒に近い緑色の髪が特徴的な眼鏡をかけた女性で後ろを追ってきたうちの1人だ。


「そーそー、居ますよねぇ、ああいう血が混じってるだけで偉そうにする奴、昔は毛嫌いしてたくせにさ。それに…」

「口を慎みなさいサクマ、それ以上はダメですよ。」

「へーい、すいませーん。」


 彼女の後ろを追ってきたサクマと呼ばれた彼が皇眞達が去って行った方向に顔を向けて悪態をついた。

 サクマは後ろを追ってきた内のもう1人で、短く切られた茶色の髪に目元の黒子と少し垂れた目が特徴的な青年だった。

 彼の言葉を聞くと皇眞達のように種族の血を盾にする者は少なくないのだろう。


「さて、君たちも新入生でしょう?入学早々災難でしたね、差し支えなければ名前を聞いても構わないでしょうか?」

「僕は…」

「名前を聞く前にまず貴女が名乗るのが筋ってものじゃないの?」

「…なんで君はそんなに喧嘩腰なんだよ。」


 竜の血を引く彼女に名前を聞かれ、答えようとした陽輝だがそれよりも早く美羽が前に出てそれを制した。

 しかし彼女達は驚きはしたものの、美羽の態度に怒る様子はなく、「それもそうか」と納得したように顔を見合わせる。


「そうですね、失礼しました。私は梓竜院李音しりゅういんりおんです。」

「ふふっ、貴方の隷属ならそのような反応が普通よね。私は東雲晶しののめあきらよ、よろしくね。」

「そうだな、名乗らなかったこっちが悪いんだし。俺の名前はサクマイラ・ブレイジェルだ、気軽にサクマと呼んでくれ。」


 晶と名乗った彼女の言葉に、美羽がハッとしたように焦り始め、陽輝の様子を伺った。

 陽輝が諦めたように溜息を吐くと、美羽はあからさまに落ち込み肩を落とす。

 美羽の言葉で彼女達には陽輝と美羽が主従関係にあるとバレてしまったようだ。

 美羽の態度から見て、いずれ気付かれるだろうなとは陽輝も思っていたが、まさか初日でバレてしまうとは想像していなかった。


『まぁがいるならそこまで隠す必要はないかな。』


 陽輝は横目で落ち込んでいる美羽に目を向けると、名乗ってくれた彼女達に視線を戻した。


「僕は月草陽輝だよ、こっちは天野美羽で僕の隷属だ。」

「!もう良いんですか?!」

「だってもうバレてるし、まぁもうしょうがないよね。」

「ありがとうございます!」


 美羽は許された事による感激のあまり陽輝に抱きついた。

 美羽のスキンシップはいつものことなので陽輝は美羽の好きなようにさせている。

 陽輝の名を聞いたサクマは興味深そうに陽輝を見つめ、晶は微笑ましそうに眺めていた。


「そう、あなたが理事長の…」

「?」


 しか李音は先程との笑みとは打って変わって、冷たい眼差しを陽輝に向けていた。

 その理由がわからない陽輝は首を傾げるしかなく、美羽は警戒するように抱きしめている腕に少し力を入れる。


「何が目的で来たのかは知らないけど、この学園は自分の身を守れない者達が守る術を身につけるための場よ。学ぶ気がないなら今すぐに辞めてちょうだい、迷惑だわ。」

「?あの、言っている意味が良く分からないんだけど…」


 李音は陽輝の問いに答える事なく、元来た道を戻って行ってしまった。

 その様子を見ていた晶とサクマは、苦笑いを浮かべて陽輝たちに謝罪の言葉を口にする。


「ごめんね、あの人はすごく真面目だから。」

「李音は曲がった事が大嫌いなんだよ。だから君がコネで此処に入ってきたと思ってんだわ。」

「あぁなるほど、まぁそう思われてもしょうがないよね。実際試験なんてしてないし。」

「主、その言い方は誤解を生みますよ。」

「あはは、君を見れば分かるよ。試験なんて必要ないって事だろ?それに実力なら明日のテストで分かるしな。」

「そうね、それに入学試験なんてあってないようなものだもの。」


 表向きは入学試験となっているが、実際はその者がどれくらいの力を持っているか測り、それに合わせてクラス分けを行うためだけのもの。

 李音ももちろんそれは分かっているが晶の言う通りすごく真面目であるため、皆が行っているのにそれをせず入学している陽輝を認めたくないのだろう。


「まぁ李音は曲がった事は嫌いだけど、それ以上に素直だから君の実力を知ればすぐに認めるだろうけどな。」

「それは構わないんだけど、僕の事は精華さんから聞いたの?」

「えぇ、君のことよろしくって言われたの。でも名前しか聞いていなかったから君の名前を聞くまでは分からなかったわ。」

「精華さん…」


「私の親戚が入学するからよろしく。」とサクマたちは精華に言われていたようで、陽輝は少し呆れたように溜息をつき、美羽も陽輝と同じような表情を浮かべている。

 心配してくれるのは有難いが、名前しか教えていなかったのなら言う必要はなかったのではないのか。

 李音のように誤解されたり、目を付けられやすくなるだけのような気がしなくもない。

 もう考えることを放棄しようとしていた陽輝だが、「でも、」と晶が言葉を続けた。


「そうじゃなくても在学生も含めて学生のことはある程度は把握してるわ。」

「俺たちはこの学園の保安を任されているからな。まぁ風紀委員みたいなものだよ。」

「…そうなの?それならしょうがないね。」


 李音、晶、サクマたち3人は先程の陽輝と皇眞のような生徒同士の争いを止めたり、学園内の秩序を守る役割を担っている。

 そのため、本来は禁止とされている校内での力の使用であるが、サクマたちは役割上、条件付きで許可されているそうだ。

 彼らたちの他にももう1人いるそうだが、サクマ曰くサボっているらしく、仕方なく3人で見回りをしていたらしい。


「サクマさん、そろそろ李音を追いかけましょうか。」

「そうだな、じゃあ陽輝、明日楽しみにしてるよ。」

「うん?また明日。」


 そう言ってサクマと晶は李音を追いかけるように元来た道を戻って行く。

 陽輝はサクマの言葉に少し引っかかったが、それほど気にするものでもないだろうと思い直し累の待つ教室へと足を進めた。

 陽輝たちが教室へと続く道を歩き始めると、背を向けていたサクマが振り返り、見定めるような視線を陽輝に向ける。


「…彼がの陽輝か。」

「?サクマさん?どうかされました?」

「なんでもないよ、行こうか。」


 サクマは晶に笑みを浮かべると止めていた歩みを進めた。

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