第8話 人族の実態

理事長室がある棟を出て累の待つ教室へと戻る途中、陽輝はきょろきょろとすれ違う人間を観察するように歩いていた。

 陽輝の知識では、人間は妖力が少なく、自分達とは違う他種族を嫌う種族である。

 しかし今目の前にいる人間達は、妖力の少ない者がほとんどいなかった。

 それを扱えるようになるための学校であるため、妖力少ない人間がいないのは当たり前ではあるが。


 あの事があって人間と距離を置いていた陽輝だったが、それでもこの地で過ごす以上人間と関わらないということは不可能だ。

 今までも襲われている者を助けたりしていたため、多少関わることはあったが、交流するどころか会話すらまともにしてこなかった。

 さらに言えば襲われる者は大抵妖力や魔力が多いため尚更気に留めていなかったのだ。


 だから今の人間達を知るべく周りに目を向けていた陽輝だが、無意識にある一点を集中的に見てしまっていた。

 1人は腕を組んで偉そうに通路のど真ん中を歩き、その後ろには2m近くある巨体の男と、小柄ではあるがずる賢そうな男で、3人は周りを見下すように歩いていた。

 前を歩いてくる彼らは【隠伏】や人間に化ばけているわけではなく正真正銘人間であった。

 妖力も人間にしては多いことから他種族の血を引いているようだが、外見はどこをどう見ても人間そのものである。

 やはり精華の言う通り、今を生きる人族は陽輝のにある人族とは少し異なるのだろう。


 陽輝と美羽には彼らが【隠伏】もしくは人間に化けているかどうかぐらいは分かるが彼らが一体どの種族の血を引いているかまでは分からない。

 彼女がいてくれたら分かるのになと陽輝が考えていると、巨体の男と目が合いこっちを睨んでいる。

 もう1人も陽輝を不愉快そうな表情で蔑んでいた。


「さっきから何ジロジロ見てんだよ。俺らに喧嘩でも売ってんのか?」

「この僕にケンカを売るなんていい度胸しているじゃないか。」

「…え?」


 陽輝は始め何を言われているのか分からなかったが、どうやら長いこと見てしまっていたため彼らの癪に触ったらしい。

 周りの者達も心配そうにこちらを見ていたため、素直に謝ろうと陽輝は口を開いた。


「そんなつもりじゃなかったんだ。気に障ったのなら謝るよ。」

「はっ、テメェにはプライドってもんがねぇのか腰向け野郎が。」

「仕方ありませんよ、僕たちは高貴な種族の血を引いているのですから。まぁ君のような下等には分からないでしょうが。」

「!黙って聞いていれば…!」

「ちょっ美羽、ストップ。」


 素直に謝っては見たが、彼らはそれだけでは開放してくれないようだった。

 自分の何が気に入らないのか陽輝には分からなかったが、これ以上挑発されても美羽が怒ってしまうだけであるため正直のところやめてほしい。

 しかし、巨体の男はニヤニヤとした笑みを浮かべるだけで開放してくれそうにない。

 真ん中にいたリーダーと思われる男は、美羽に目を向けるといやらしい笑みを浮かべ美羽に向かって手を差し出す。


「君はなかなかの、良いだろう。そんな男なんて捨てて僕の元へ来ることを許可しよう。ありがたく思いたまえ。」

「…はぁ?」

「?何をしているんです?皇眞こうま様がわざわざ言ってくれているんです、突っ立っていないで手を取り態度を示しなさい。」


 断られるとは思っていないのか、上から目線をそのままに言葉を発した。

 巨体の男は名案だと言わんばかりに頷き、ずる賢そうな男は早くしろとでも言いたげに急かしている。

 しかし美羽は差し出された皇眞の手を一切見ることなく、3人を睨みつけて殺気立つ。


「何を偉そうに言うかと思えば、貴方達みたいなクズのところなんてお断りよ。…何百年経とうと変わらないわね、これだから人…。」

「美羽、それは言っちゃダメだよ。」

「…申し訳ありません。」


 相手にいくら腹が立っていても人間の全てを侮辱する言葉はいただけない。

 陽輝が叱ると美羽も失言だったことに気付き素直に反省の言葉を口にするがその表情は反省しているとは言えない。

 美羽の最後の言葉は近くにいた陽輝にしか聞こえていなかったようだが、前半の言葉だけでも相手を怒らせるには十分だったようで、皇眞と呼ばれたリーダーの男が顔を真っ赤にしていた。


「き、貴様!この僕を、高貴な妖精族の血を引いたこの僕を侮辱する気か!」

「おいお前ら、調子にノってんじゃねぇぞ。俺らが本気を出せばお前らなんて一瞬で殺せるぜ?」

「全くこれだから庶民は、仕方ありません。素直に謝れば俺たちの奴隷になるだけで許してあげましょう。」


 先程素直に謝ったのに開放しなかったのはどこの誰だと思わなくもないが、今は何を言っても無駄であろう。

 美羽も呆れた様子で彼らを睨みつけているが相手にするだけ無駄だと思ったのだろう、先程のように言い返しはしない。

 累も待たせているため早々に解決したいが、どうしたものかと考えていると、陽輝に相手にされていないと思ったのか、巨体の男が殴りかかってきた。


「無視してんじゃねぇぞオラァ!」


 周りから小さな悲鳴が聞こえるが陽輝は慌てることなく、向かってくる男の勢いを利用し、足を払ってそのまま片手で投げ飛ばした。

 予想外の展開に遠巻きに見ていた者達は呆気にとられていて、巨体の男も状況が理解できていない様子。

 それもそうだろう、陽輝も小柄ではないとは言え、向かってくる男との体格差は一目瞭然。

 この場にいる美羽以外の者達は今とは逆の結果を予想していただろう。


「流石ですある…陽輝さんっ!」

「…周りにも迷惑だしもうこの辺でやめない?」


 美羽だけはうっとりした様子で陽輝を見つめていたが、陽輝はそれに苦笑いを浮かべると皇眞に声をかける。

 このまま引き下がって欲しいのだが、そう簡単にいくはずも無く、皇眞は肩を震わせて陽輝を睨みつけていた。

 巨体の男も我に返り、すぐに起き上がって顔を真っ赤にしている。


「このクソガキがっ!ぶっ殺してやる!」

「貴様っ、もう許さんぞ!この僕を莫迦にしやがって!狐野谷このや!」

「皇眞様を怒らせたことを後悔するといい、“この身に宿し妖の力よ、我の力の…”」


 狐野谷と呼ばれたずる賢そうな男は、周りに人がいるにも関わらず在ろう事か詠唱を始めた。

 ましてやここは、いくら広く作られていると言っても廊下であり室内である。

 狐野谷がどれほど妖力を扱えるのかは分からないが、少しの力でも窓ガラスが割れる程の威力はあるだろう。

 このままでは誰かが怪我をすると思い、陽輝は姿勢を低くし足に力を入れて臨戦態勢に入ろうとしたが、


「何をしているのです!」


 陽輝の後ろから慌てたような声が聞こえてきた。

 狐野谷もその声に気付いたようで、詠唱が途中で止まり術は不発に終わる。

 陽輝は少し安心すると、声のした方へと顔を向けた。

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