第7話 精華の頼み
「陽輝、人間が許せないことは分かるが、そろそろ心を開いてもいいんじゃないか?」
「精華様!それはっ」
「美羽は黙ってな、主のためを思うなら。」
精華の話を黙って聞いていた美羽だったが、あの事を蒸し返されては黙っていられない。
精華もそれは重々承知しているが、このままでは陽輝のためにはならないのだ。
「僕はもともと人間を恨んでいません、ただ…」
「あの時のような力の暴走が怖いか?」
「っ……」
「精華様!!」
これ以上は許さないと殺気を放つ美羽に精華は肩をすくめ、背もたれに背を預けた。
精華はあの時傷を負った陽輝を助けてくれた恩人、殺気を放つなど無礼であると美羽も理解している。
しかし、恩人だからと陽輝の傷を抉って良い理由にはならない。
そんな美羽を見て、流石にこれ以上はダメだと思った精華は、
「言い方を変えよう。陽輝、お前は人間が嫌いか?」
「僕が人間を嫌うことはありません、そのように造られましたから。」
「私はお前の性質を聞いているんじゃない。お前は私の聞きたいことが分からない莫迦じゃないだろう。」
精華が聞きたいのは性質という事ではなく、陽輝自身の気持ちである。
真剣な表情で陽気の言葉を待つ精華に、陽輝は重くなった口をゆっくりと開いた。
「…そんなの、好きに決まってるじゃないですか。…でもまた昔みたいに力の制御が出来ずに周りを傷つけて、人から拒絶されるのが怖いんです。親しくなればなるほどそれが辛くなる。」
陽輝の言葉を聞いて精華は嬉しそうに笑みを浮かべた。
陽輝が人間を嫌っていないことは分かっている。
人間が大好きで、それが昔から変わっていないことも。
でなければ、森に迷い込んだ人間や襲われそうになった人間を助けたりなどするわけがない。
陽輝は人間に拒絶されても、傷つけられても、それでも昔と変わらず陰ながら守ってくれている。
そんなとても優しい陽輝だからこそ、精華は今の状況をなんとかしてあげたかった。
「なぁ陽輝、今でも人間が好きだというならこの提案を受け入れてくれ。確かにお前の言うようにこの学校にも他種族を拒絶する者もいるだろう。だがそうじゃない者がいることも確かだ。」
「…それは分かっています。」
精華の言葉を聞いて陽輝は累の存在を思い出した。
彼は陽輝が人間ではないと分かっても、拒絶することなく受け入れてくれたのだから。
「信頼できる」と言ってくれた彼だから陽輝は心を開こうとしたのだ。
教室にいた者達も同様で、他種族がいても嫌悪感を抱いている者は1人もいなかった。
まだ不安がないわけじゃない、むしろ不安なことだらけだ。
しかしこのまま殼に閉じこもっていても、この不安は一生取り除かれることはない。
そう考えて顔を上げた陽輝を見て精華はまた、嬉しそうに、安心したように笑った。
その表情を見た陽輝は、こんなにも自分のことを考えてくれる者がいるのかと、少し心が軽くなった気がした。
「決まったようだな。」
「正直、まだ気持ちの整理はついていません。でもせっかく精華さんが用意してくれたものを無駄にするようなことはしたくありませんから。」
陽輝は首から下がっている結晶を服の上からぎゅっと握りしめた。
これは精華が陽輝のために用意してくれたものである。
「その結晶は昔行った町で見つけた[ハウライト]だ。それを身に付けていればある程度の力は抑えられる。お前の力ならそれを付けたままでも充分活動できるだろう。」
これを渡された際、陽輝が精華に言われたことだ。
[ハウライト]とは人族の間では心に静けさをもたらしてくれると言われているパワーストーンで、実際には身につけている者の力を吸収する性質がある。
妖力が使えない人族には害などないが、妖怪や魔物には命が削られるものとして毛嫌いされているのだ。
これを身に付けていると自身の力の4割程吸収されてしまうようで、力の弱い者が身に付けたら、その命が危うくなるだろう。
だが、力の暴走を恐れている陽輝にとってその性質は好都合であった。
心配なことといえば、
「もし、これを付けたままでは勝てない相手の時は?」
「その時は迷うことなくハウライトは外せ。それだけなら暴走する事は絶対にない。ハウライトは気休めでしかないんだ、重要なのはそっちじゃない。」
「分かってますよ、こっちは何があっても絶対に外しません。」
そう言って陽輝は左の胸を軽く叩いた。
累にはハウライトの存在に気付かれてしまったが、もう一つの石には気付かなかったようだ。
陽輝は力の暴走を抑えるためにハウライトともう一つの石を身に付けている。
累は人間の中でも特殊なようだが、【妖力感知】しかできないのなら、まず気づく事はないだろう。
「…外せとは言わないが。…まぁいい、私の用はもう済んだ。信頼できる人間を待たせているんだろう、早く行ってやれ。」
ニヤニヤしながら早く行けと急かす精華に陽輝は少し顔を赤くした。
「なんで知ってるんですか!」
「ここは私の学校だぞ?知らないことがあってたまるか。お前のことならなおのことだ。」
当たり前だと言わんばかりのその態度に、陽輝はもちろん怒っていた美羽もどう言葉を返していいか分からなくなった。
精華の斜め後ろでその様子を見ていた華那はクスッと笑みを浮かべる。
「精華様なりに月草様のこと心配しているんですよ。ほぼ無理矢理この学校に入れたんですから。昨日なんか月草様がちゃんと来てくれるか心配でずっとソワソワしてたんですよ。」
「お、おい華那!余計なこと言うんじゃない!お前らもさっさと行け!」
顔を赤くして珍しく慌てた様子の精華に陽輝はクスッと笑うと、ソファから立ち上がった。
そしてそのまま扉を開けて陽輝は教室へと戻って行く。
「美羽。」
美羽も陽輝の後を追うように出て行こうとしたが精華に呼び止められて立ち止まった。
精華から放たれる言葉に想像がついているのか、その表情は少し不機嫌そうである。
「…何でしょうか。」
「私が協力するのは今日までだ。」
「…分かりました。」
「もういいんじゃないか?お前は…」
「失礼します。」
精華の言葉を遮るように美羽は陽輝を追いかけるべく部屋を出て行ってしまった。
それを見送った精華は、一息つくと冷たくなったお茶を飲み干して背もたれにもたれかかる。
「月草様に受け入れてもらえてよかったですね精華様。」
「…そうだな。」
空になった湯呑みを片付けながら華那は精華にそう話しかけた。
精華は正直、この話を断られると思っていたのだ。
いくら陽輝が優しいと言っても人間は陽輝に対して取り返しのつかないことをしてしまっている。
それこそ人族を滅ぼされても不思議ではなかったはずだ。
しかし陽輝は人間とは距離を置いたものの、変わらず人間を守り続けている。
あの時の事は自分の罪であると、力を扱えていなかった自分が悪いのだと、悲しそうに笑った陽輝の顔を、精華は何十年経った今でも鮮明に覚えていた。
あんな胸が締め付けられるような表情を精華は今まで見たことがない。
「…まったく、悲しい生き方をしているな2人とも。」
見上げながらそう呟いた精華に対して、華那も同じことを思っているのか、悲しそうに窓の外を眺める。
そしてそこから見えた、教室へと戻っていく陽輝たちに華那は小さく言葉を呟いた。
いつか報われる日がきますように、と。
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