第6話 人族
理事長室は陽輝の教室がある棟とは別の棟、というより理事長室とセキュリティ装置だけがある棟の最上階に位置しており、そこからはこの学校の敷地内が見渡せるようになっている。
普段この棟はこの学校を守るためのセキュリティ装置があるが故に、一般生徒の立ち入りを禁止しているのだ。
だが、陽輝がこの棟に入った時、特に止められる事なくなんの問題もなく入ることが出来た。
おそらく精華から事前に伝えられていたのだろう。
「精華さーん、言われた通り来ましたよー。」
理事長室の扉をノックしてそう声をかけると、中からバタバタと騒がしい音が聞こえてきて、勢いよく扉が開いた。
「月草様!お待ちしておりました!」
「うぐっ!」
扉が開いたと同時に誰かが飛び出してきて、思い切り陽輝を抱きしめた。
突然のことで対処出来なかった陽輝は、倒れこそはしなかったもののもろに受けてしまう。
「こらこら華那、危ないだろう。」
「あっ!す、すいません!」
「…謝るけど離れないのね。」
精華が軽く注意するも、離す様子のない華那に美羽が陽輝の後ろで呆れたように呟いた。
華那と呼ばれた彼女は前髪と横髪が綺麗に切り揃えられた、いわゆる姫カットがよく似合う可愛らしい女の子だ。
彼女は精華の付き人で、陽輝達とも顔を合わすことが多い。
「いたた…ふぅ、久しぶりだね華那。」
「はい!お久しぶりです月草様!」
陽輝は元気そうな華那を優しく撫でると華那は気持ちよさそうに目を細めた。
「華那、そろそろ陽輝と話がしたいのだが。」
「…はぁい。」
精華に言われて渋々離れて行った様子の華那に陽輝は苦笑いを浮かべると、精華に促されて来客用のソファへと腰を下ろした。
華那は陽輝から離れるとお茶の用意をしに隣の部屋へ出て行く。
精華も陽輝達の前に腰を下ろすとニヤリと笑みを浮かべた。
「どうだいこの学校は。」
「…聞いていた話と全然違うんですが。」
陽輝がそう不貞腐れたように答えると、精華は入学式での取り乱し様を思い出したのか声を上げて笑い出した。
それによりさらに不貞腐れ顔を逸らす陽輝に、精華はひとしきり笑うと大きく息を吐いて真面目な顔を作る。
「まぁそう拗ねるな陽輝。本当の事を言えばお前は絶対に頷かないだろう。」
「…当然です。」
「それがわかっていて本当のことなんて言えないさ。」
「何故嘘をついてまで僕を学園に入れたんですか。今まで通りで良いでしょう。」
今まで通りというのは、この町の中心にある森の管理であった。
この森には昔から何かに呼び寄せられるように妖や魔物が生息しており、時々妖力や魔力の多い人間が迷い込んできたりもする。
その迷い込んだ人間が喰われることもあり、様々なところを転々としていた陽輝だが見過ごすわけにはいかないため、今はこの市に留まり魔物の退治をしていた。
最近は落ち着いてきたというタイミングで精華から学校の話があったのだ。
そんな陽輝の疑問に答えるように精華は口を開いた。
「陽輝に今のこの世界をその目で見て欲しいからだ。」
そう話した精華の髪の隙間から、長く尖った耳が顔を覗かせていた。
精華は妖精と人間のハーフであり、人族の間ではエルフ族と言われることもあるが、実際は亜人族に含まれる。
そして彼女達亜人族は、他にも[セイレーン]や[ハーピー]などと呼ばれる者たちがいるが人族がそう呼んでいるだけで、彼女達に個体名は存在しない。
「改めて聞こう、お前はこの学校をどう思う?」
先程とは違い真剣な表情で聞いてくる精華に、陽輝は腕を組んで入学式の会場を思い出し、あの時思った事をそのまま口にした。
「…妖力の少ない純血の人間が少なすぎる。」
「そうだ。だが、それが今のこの世界なんだよ。そもそも、お前は何を基準にしてそいつが人間だと判断しているんだ?」
「何でって、それは…」
「妖力、魔力と言うのならそれは間違いだ。それを基準に考えるのであれば純血の人間はとうの昔に絶滅している。」
「…は?」
精華の言葉に陽輝は驚きを隠せずにいた。
絶滅していると言われても、そんな話が信じられるわけがない。
つい先程まで人間である累と言葉を交わしていたのだから。
累だけじゃなく、この学校にいる者も、少なからず人間はいたのだ。
混乱している陽輝をよそに精華はいつのまにか用意されていたお茶を飲むと話を続けた。
「この世の人族はもともと妖力や魔力など微塵もその身に宿していなかった。」
そもそも扱えもしない力をその身に宿している事自体不自然であるのだ。
だとしたら何故、今の人族は妖力や魔力をその身に宿しているのか。
理由は簡単で、亜人族との間に子をもうけたからだ。
他の種族達のように別の地へ行くことができない亜人族は殺されないように本来の姿を隠して生き長らえていたが、ひっそりと暮らしていくにも限界がある。
だから【隠伏】を身につけて気付かれないように人間の前に姿を現し始めた。
逆に言えば、人族には【隠伏】を見破ることも、妖力を感知することも出来ないのだ。
だから人間の姿をした亜人を人間だと思い込み、その者を番いにしても気付かない。
亜人族も始めのうちは、自分たちを虐殺していた人間達を許すことなど出来なかったが、何百年も経てばその気持ちも薄まる。
もちろん亜人族は愛する者を騙し続けている罪悪感から正体を明かす者もいた。
それによって逆上した相手に殺されてしまう場合も無かったわけではない。
だが、それでも良いと受け入れた人間が少なからずはいたのだ。
人族は他の種族に比べて圧倒的に力が弱く寿命も短いが、その代わり抜群に繁殖力が高い。
そのため人族の血は他種族の血よりも繁殖力の強い人間の血が勝る。
分かりやすく言えば、平均的に他種族の血3割、人族の血7割といったところだ。
亜人族が別の地へ行くことができない理由も人間の血を色濃く受け継いだことが関係している。
だからもともと他種族と人族のハーフである亜人族と人族の間に出来た子は言わずもがな人族の血が濃くなる。
他種族の血が薄まることによって、翼や尾が無くなり、妖力、魔力を持つ人間に近い者が生まれ始めた。
それが何千年という長い年月によって連鎖されていき、今現在の妖力、魔力を持つ人族になったのだ。
見た目はどこをどう見ても人間であるため、自分が他種族の血を引いているなど夢にも思わないだろう。
「だがこれはいくつもある仮説の一つに過ぎないが、今はいいだろう。」
「…もしそれが本当なら、今の人族は皆何かしらの末裔という事ですか?」
「それは違う。本来末裔というのは、例えるなら…そうだな、妖精族の[シルフ]や[ウンディーネ]などの名のある者の血を受け継いだ者の事を指す。ただの一般人の血を受け継いだところで末裔とは言わないよ。」
「……。」
「陽輝、お前は人間との距離を断ちすぎたんだ。これはここ最近に起きた話じゃないのだから。」
最後の言葉に、黙りこくってしまった陽輝を見て精華は苦笑いを浮かべて小さく息を吐いた。
陽輝の言う、役目というのを全うすれば良いだけなら別に人間と深く関わる必要などない。
だが、陽輝は人間が嫌いだからという理由で人間を距離をおいているわけではないのだ。
だと言うのに、断固として人間と関わろうとしない。
俯いて何も言わない陽輝に精華は仕方ないと、あの話を切り出した。
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