第5話 理事長
累の様子を気配で感じていた陽輝は申し訳なく思いつつも累の判断は正直有難く感じた。
知られてはいけないことではないが、まだ自分の事を話す覚悟が陽輝には出来ていない。
(それにしても、あの人は何を考えているんだ。単純に忘れてたか、もしくは反応が見たくてあえて黙っていたか…)
あの人のことだからおそらく後者だろうと、陽輝は少しイラっとしながら背もたれに背中を預けた。
きっとどこかで自分を見て笑っているだろうあの顔を思い出しながら、そろそろ終わる入学式に耳を傾ける。
するとどうやら新入生代表の挨拶がちょうど終わり最後の理事長挨拶が始まるところのようだ。
会場の壇上に上がろうとしている者に目を向けると、陽輝は思わず今日何度目は分からないため息を吐きたくなった。
陽輝は隣にいる美羽を見てみたが、平然としていたのでやっぱり自分だけ聞かされていなかったのだろう。
「……試験免除だったからなんとなく想像はついてたけど。」
「やあ新入生諸君!まずは入学おめでとう!私がこの玖牢学園の理事長、
壇上に上がってきたのは、陽輝に学校への入学を進めた恩人その人であった。
陽輝が彼女と出会ったのはもう何十年も前だが、その美貌は衰えることがなく、見た目も20代にしか見えないのだ。
精華は理事長らしからぬ言葉遣いで長々と挨拶をしていたようだが、陽輝の耳には全く入ってこない。
ふと、精華と目が合った陽輝はそのいやらしく浮かべた笑みを見て、やはり後者であったと、もう怒りを通り越して呆れてきていた。
精華は、そんな陽輝の隣にいる美羽に目配せをすると、挨拶を終えて壇上を降りていく。
そして入学式も無事に終了し、新入生達もそれぞれの教室へと移動し始めた。
自分達も移動しようと陽輝が腰を上げたとき、
「陽輝さん、HRが終わり次第理事長室に来るようにとの事です。」
と、美羽が先程の目配せでの合図を陽輝に伝える。
先程の目配せ、というよりも事前に来るように伝えておけと言われていたのだろう。
わざわざ美羽伝いに言ってくる意味はわからないが、今後のことも相談したいこともあり断る理由はなかった。
「では私達も教室へと移動しよう。」
「そうだね。じゃあ美羽、HRが終わったら先に累を連れて家に…」
「もちろん私も同行します。」
「え、でも…」
「同行します。」
「あ、はい。」
2人で精華のところへ行くと累に待ってもらわなくてはならない。
陽輝としては別に待ってもらわなくても良いのだが、こちらが話すと言った以上累も納得しないだろう。
だから、先に美羽と一緒に家へ帰ってもらおうと思ったのだが、肝心の美羽が断固拒否。
「
美羽は基本的に陽輝のお願いは聞いているが、今回のように陽輝の側から離れなくてはいけないものはほとんど拒否しているのだ。
仕方がないからと、陽輝は累に教室で待ってもらうように伝えて、移動を始めた。
*****
教室へと移動している途中、廊下をすれ違う者を見ていると、先程の入学式でもそうだったがほとんどの者が本来の姿を隠していないのだ。
翼を持つ者は翼を広げ、獣の耳や尾を持つ者はそれらをさらけ出している。
中には隷属を連れているものもいるため、やはりこの学校は特殊であると陽輝は改めて感じた。
そんな者達を目にした美羽は何を思ったのか、瞳を輝かせて陽輝を見つめ、
「陽輝さん、私も【隠伏】を解いてもよろしいでしょうか?隷属を連れている方もいらっしゃいますし、呼び方を元の戻しても…。」
「うーん、君はここではちょっと珍しいから、必要以上に解かない方が良いと思う。それに君は隷属じゃないでしょ。いや、ある意味隷属かもしれないけど君は違う。」
陽輝にそう答えられ、分かり切っていたことだが、残念そうに肩を落とした。
純血の天使族である美羽がこの世界にいる事自体特殊であるのだ。
亜人族や人族の殆どが知らないのかもしれないが、その他の種族は理解している。
純血の天使がこの世界にいるという事実が異様であるという事を。
美羽を見て純血であると気付く者は多くはないだろうが、気付かれないことに越したことはない。
陽輝はそう思ったのだが、美羽のあまりの落ち込みように仕方なく、人前以外では許可するからそれで勘弁してほしいと陽輝が言うと、美羽は嬉しそうに頷いた。
そしてふと陽輝は気になる事を累に聞いてみた。
「累は僕らと違う教室なの?」
「いや、同じだったはずだ。違う種族といえど教わることは同じなのだから分ける必要は無いのだろう。」
この学校は大体1学年240人ほどの人数がいるようで、1クラス40人の6クラスで構成されているようだ。
累の言うように種族も分けておらず、他種族との交流や違いを知るといった意味では良い機会なのかもしれない。
そう話しながら歩いていると目的の教室にたどり着いたようで、ドアを開けてみると、分かり切ってはいることだが、様々な種族が各々好きな席に座って仲の良い者と楽しそうに話をしていた。
教室は、体の大きい種族に配慮してやや広めに作られており、後ろの席からでも壇上が見えるよう雛壇になっている。
様々な種族の中にはもちろん人族も含まれ、この教室にも何名か見受けられた。
だがどうやらこのクラスには他の種族を見下すような人間は存在しないようで、【隠伏】を解いている者が居ても興味深く見てはいるものの、彼らから嫌悪などは感じられない。
扉を開けた瞬間少し注目を集めてしまったが、また何事もなかったように雑談を始めたため、問題はないだろうと陽輝は特に気にしていなかった。
「え?あの子達すごく綺麗じゃない?」
「人族であそこまでの美男美女も珍しいね。」
「あの金髪の奴って男なのか?どう見ても女じゃねぇか。」
「制服ってやつからして男だろ。」
そんな言葉たちが聞こえてきて、美羽は思わず溜息を吐いた。
言葉を発した者達、ではなく聞こえているはずなのに全く気にした様子のない我が主に対して。
陽輝は美羽ほどではないにしろ、悪意や憎悪の気配を感知しやすいようできている。
だが、そのような感情とは逆の、好意や善意などには疎い。
そして自分の容姿にも無頓着なのである。
仕方のない事であったとしても、ここまで分からないものなのかと、美羽は毎回頭を悩ませていた。
自分達が目立っていることに気づいた様子のない陽輝と頭を抱えている美羽を交互に見て、累は状況を察したようだ。
「…陽輝君はいつもこうなのか。」
「…えぇ、目立ちたくないと言う割に自分のことには無頓着なのよ。」
「君も苦労しているな。」
「あなたに言われたくないわ。」
「?2人とも座らないの?」
空いている席を見つけて陽輝が座っても、何かを話していて座る様子のない2人に首を傾げた。
陽輝が2人を眺めていると、2人は顔を見合わせて溜息を吐き、陽輝の両サイドに腰を下ろす。
「何なの?」
「「なんでも。」」
「?」
2人が話そうとしないため深くは聞くまいと周りを見渡すと、見たことのある桃色の髪を見つけた。
だがお互いのためにも陽輝は気づいていないふりをして、HRが始まるのを待つ。
数分すると、担任と思わしき女性が教室に入ってくる。
茶色い髪をハーフアップにして、美しいというよりも可愛らしいといった言葉が似合う優しそうな女性だった。
「皆さん入学おめでとうございます。私はこのAクラスの担任を任されました、柊蘭ひいらぎらんと申します。」
彼女は軽く自己紹介を済ませると明日からの予定を簡単に説明し始めた。
明日はみんなの実力を知るために軽く実力テストをするらしく、学園に来た者は順次外の広場へ移動する様にとのこと。
制服に至っても形だけで明日からは着てこなくても良いようだった。
みんながみんな人の姿のまま力を使うとは限らず、場合によっては姿を変える者もいる。
だから統一された服装は邪魔にしかならないのだ。
(実力テストって、それじゃあ僕がどれだけ隠そうとしても無駄じゃないか。精華さんは僕をどうしたいんだよ。)
ひっそりと役目を全うしたいだけなのに、なぜ目立つような事をしなくてはならないのか。
今からでも抗議して、学校に通うことをやめようかと陽輝が考えていたところ、生徒を見渡していた担任と目が合い、嬉しそうに微笑まれた気がした。
しかし、それは一瞬のことで彼女はすぐに視線を逸らし、何事もなかったように説明を進める。
「……?」
「?どうかしましたか?」
「…いや。」
おそらく気のせいだろうと、陽輝は思考を元に戻した。
しばらくすると、周りがざわざわとし始めて、どうやらHRが終了したらしい。
担任の柊が教室を出ると、生徒たちも次々と帰宅するべく教室を出て行った。
陽輝も理事長室へと向かうべく席を立つ。
「累、悪いけど待っててもらえる?そんなに長くはならないと思うから。」
「大丈夫だ、私が無理を言って聞かせてもらうのだから待つことぐらい差し支えない。」
「むしろもう待たずに帰ってもらっても全然構わないのよ。」
「コラ美羽。…もう、じゃあ行ってくるよ。」
先程は仲良く話していたのに相変わらずの美羽に陽輝は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
累を睨みつけている美羽を連れて陽輝は教室を後にして、理事長室へと足を進める。
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