第13話 またもや
何かがあったのか、静まり返っていた森がざわつき始め、精霊たちも陽輝の周りを世話しなく飛び回る。
『いまあったー!』
『あっちーのほー』
『にんげんがうさぎおいかけてるー』
精霊達の指した場所はここから然程離れてはおらず、魔物とは違う反応があったようだ。
陽輝は場所を確認すると樹木を飛び降りて美羽達の近くへと降り立つ。
精霊達は好奇心旺盛な為か、面白そうだと付いて来た。
「うわっ!って陽輝君!まさかこの木を飛び降りたのか?!」
「うん?」
「うんではなく…いや、いい。もう気にするだけ無駄だろう。」
この木の正確な高さは累には分からないがおそらく50mはあるだろう。
それを軽々と飛び降りることはいくら累でもできない。
仮に飛び降りたとしても怪我だけでは済まないだろう。
それをいとも簡単に陽輝はやってのけたのだから驚くのも無理はない。
「しかし、その姿については答えてもらいたいのだが。」
降りてきた陽輝の姿は登って行く前と少し異なり、頭には三角の獣の耳と後ろには犬のようなフサフサの尾が見え隠れしていた。
「これ?まぁこれが本来の姿ってわけじゃないけど、強いて言うなら半獣化ってところかな?そんなことよりちょっと移動するよ。」
そう言うと陽輝は先程とは打って変わってゆっくりと走り出した。
何か異常があったのだろうと累は瞬時に察して陽輝の後を追いかけ、美羽もその後に続く。
「また人間が迷い込んだんですか?」
「そうみたい。精霊達は人間が兎を追いかけてるって言ってるんだ。」
遠くから見ただけでは人間かどうか分からないが、精霊達が言っているのなら人間なのだろう。
この森に迷い込む者はほとんどの場合人間だ。
「ずっと疑問に思っていたのだがこの森は何なんだ?何かに呼び寄せられているということぐらいしか分からないのだが。」
「何って言われると難しいなぁ。この森の中心にあるあれを抜きにしたら比較的普通の森だし。」
「あれ、とは何だ?」
「封印されている何か、かな。何が封印されているのかは僕も知らない。」
この森の中心には何かが封印されているような結界が張られており、誰が張ったのか、何が封印されているもかも分からないのだ。
そして厄介なことに、その結界は少し特殊なようで触れた相手の力を奪い取るよう作られている。
だから魔物は疎か、陽輝すら近付くことができないのだ。
人間がこの森に迷い込む原因は封印されている何かに呼び寄せられているからなのだが、無知な人間はそれが理解できていない。
もし運良く魔物と遭遇せず森の中心まで近付き、結界に触れてしまうと、その結界に力を吸い取られ死に至るだろう。
そうならないように陽輝が毎日様子を見にきている。
今回は結界の近くではないためその心配はないが、だからといって魔物が近くにいないとも限らない。
そろそろ見えてくる頃にどこかで聞いたことのある声が陽輝の耳に届いた。
「どいつもこいつもっ!この僕を馬鹿にしやがって!」
「おい、逃げんじゃねぇよ。」
「獣風情が、生意気なことしてくれますね。」
「ひぅ…も…やめて。」
まだ遠くて姿はハッキリと見えないが、聞こえてくる声からして女の子が3人の男に責められている様子。
よく目を凝らして見ると、男3人には見覚えがあり、学校で陽輝に喧嘩をふっかけてきた人間達だった。
美羽にも見えたのか、陽輝の後ろでブチ切れそうになっていたが、なんとか大人しくさせる。
もう1人は目に涙を浮かべて、彼らから逃げるように後ずさっている獣人族の女の子だ。
逃げる事に必死だったのか【隠伏】が解けていて、兎のような耳が露わになっていることから彼女は兎人種なのだろう。
(精霊達が言っていた兎はあの子のことか。)
4人の間に何があったかは分からないが、無傷の3人に対し、傷だらけの女の子を見ると一方的なものであることが安易に理解できる。
どうやら女の子は彼らから逃げているうちにこの森へとたどり着いたようだ。
「やめてだと、誰が人間様の言葉と話して良いっつったんだ?生意気な兎にはお仕置きが必要だな?」
そう言い放った巨体の男が前に出ると、女の子は身を守るように頭を抱えてその場に蹲った。
そして殴りかかろうとしていたため、慌てて陽輝は女の子の前に出て巨体の男の拳を受け止める。
陽輝の登場に3人は一瞬驚いていたが、すぐに怒りを露わにし、巨体の男は掴まれている手を振り払うと今度は陽輝に殴りかかってきた。
陽輝はそれを往なすと、巨体の男の腹に軽く蹴りを入れ強制的に距離を取らせる。
自分に衝撃が来ない事を不思議に思ったのか、兎の女の子は顔を上げると今陽輝に気がついたようで目を見開いた。
陽輝はチラッと振り返り、女の子の怪我が軽いものだとわかると安心させる様に微笑み、そして少し怒ったように彼らを睨んだ。
「寄ってたかって、君ら恥ずかしくないの?」
「ゴホッゴホッ…て…めぇ!ぶっ殺してやる!〔この身に宿りし妖の力よ、我が力の糧となれ!身体強化フィジカルブースト〕」
「黙れ!獣の分際で僕を馬鹿にしやがって!〔火よ!我に害成す者を燃やし尽くせ!火球ファイヤーボール!〕」
「獣同士あの世で仲良くするといい。〔この身に宿し妖の力よ、目の前の敵を打ち砕け!粉砕矢クラッシュアロー!〕」
皇眞と狐野谷はそれぞれ数個の火の粉と矢を作り出すと、それを陽輝目掛けて放った。
1対3では分が悪いと思い、累も加勢に入ろうとしたが一緒にいた美羽に肩を掴まれた。
反射的に肩を掴んだ美羽を見上げるが、その表情は何処と無く悲しそうな、やるせないような顔をしている。
その時、心の中で何かが引っ掛かったが、それが言葉になることはなかった。
陽輝は自分に向かってきている火の粉と矢を、獣化させた右手で切り裂いて打ち消していく。
そして向かってくる巨体の男を、今度は少し力を入れて蹴り飛ばし、巨体の男は近くに木にぶつかってそのまま気絶した。
巨体の男が飛ばされるとは思わなかったのか、驚いている2人に陽輝は一瞬で詰め寄ると同じように気絶させる。
「まったく、森の中で火を放つなんて何考えてるんだよ。」
「だ、大丈夫か陽輝君。」
あまりにも呆気なく簡単に片付けてしまった陽輝に唖然としていた累だが、ハッと我に帰ると陽輝に歩み寄った。
(陽輝君だけでも片が付くから止めたのか?いや、あの顔はそうではなかった。あれは…)
「?どうしたの累?」
「主の凄さを痛感したのでしょう。それよりもこの兎人はどうしますか?」
「そうだねってあれ?気絶してる。」
「主が人間を気絶させた後、安心したのか眠るように気を失いました。」
陽輝が振り返ると、兎人種の女の子は地面に倒れていて目は閉じられていた。
陽輝は女の子に近付いて怪我の具合を見てみるが、切り傷以外目立ったものはなさそうである。
美羽の言う通り緊張の糸が切れただけのようで陽輝は安心した。
しかし、女の子をこのままにはしておけないため、陽輝はとりあえず家に連れて帰ろうと彼女を抱き上げる。
それを見た美羽が複雑な表情を向けていたが残念ながら陽輝には気付いてもらえなかった。
「陽輝君、こいつらはどうするんだ?」
自分に中で解決できたのか、考え事を終えていた累が歩き出そうとしていた陽輝を引き止める。
陽輝は累の声に振り返り、今思い出したかのように気絶している皇眞達を見た。
「あ、そうだね。流石に放置はダメだから彼らにお願いしよう。」
そう言うと陽輝は近くにいた精霊達に何かを伝えて、美羽と累を連れてその場を後にした。
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