第3話 聞きたい事
「陽輝君、私は君に身ぐるみ全て剥がされて気分なのだが、君のことを教えていただいても?」
累は学校へ向かう途中、隣を歩く陽輝にそう話しかける。
呪印の書かれた札を見ただけで自分が祓い屋だと気付き、その祓い屋の中でも累は特殊であることを陽輝は瞬時に見抜いてみせた。
累は陽輝の底知れぬ何かに興味を惹かれたのだ。
本来、祓い屋は妖力の消耗の激しさと回復の遅さ故に単独での行動を禁止されている。
基本的には陰陽師が弱体化させて祓い屋が消滅させるというやり方を行っており、最低でも祓い屋1人に対して陰陽師3人は必ず側に付くようになっているのだ。
だが只でさえ、妖達に狙われやすい祓い屋が、単体では動くことが出来ないと知られてしまうと格好の餌食になってしまう。
だからそれは極秘とされていて、他種族はもちろんのこと、一般人にも知られてはいけない。
しかし陽輝は何故かそのことを知っていて、単独で行動している累を見て少し不思議に感じたのだろう。
累が単独で動いている理由はいくつかあるのだが、累自身もまだ「陰陽師と手を組む必要がないから」という理由しか現当主から聞かされ得ておらず、詳しい理由は知らない。
累が陽輝にそう話していると後ろを歩く美羽から嫌悪を含んだ視線を感じていたが、累は無視を決め込んだ。
陽輝は少し考えるそ素振りを見せて、困ったように累を見返した。
「教えてって言われても、僕はただの、」
「人間だと言いたいんだろうが、そうでないことは分かっているよ。天使に魅入られる人間なんてそうそういない。それに、」
累は陽輝のある部分を指して言葉を続けた。
「それで押さえ込んでいるようだが、溢れ出ている妖気を見ても人間の力量ではないよ。」
累が言ったそれとは陽輝の首から下げられている結晶のことだ。
これは一見ただの結晶に見えるが、これには特殊な力が込められていて、それによって陽輝の妖力が制・御・されている。
これは普段は見えないように服の下の隠しているのだが、それを見つけただけでなくその性質まで累は見抜いたのだ。
「累も人のこと言えないじゃないか、僕何も話してないのに。」
「全然違うだろう、私は君が何者なのか見抜けていないのだから。」
「【妖力感知】なんて普通の人間は出来ないよ。」
陽輝は呆れ混じりの溜息を吐きながら歩く速度を落とし、累と美羽をそれに合わせてスピードを緩めた。
3人の視線の先には、異常なほど大きい学園の門が見え始めていて、そこに立て掛けられている看板には【祝 入学式】と書かれている。
「ふぅ、ようやく学園に着いた。」
「そうだな、それで陽輝君、結局君は何者なんだ?」
「…随分と聞きたがるね、そんなに僕のことが気になるの?」
累が諦めてくれないと分かると陽輝はどうしたものかと頭を悩ませ始めた。
そんな時、門をくぐったところで陽輝は少し違和感を覚えて一旦足を止めて立ち止まり、振り返って門を見上げる。
しかし特におかしな点は見当たらず気のせいだと思って足を進めようとするも、美羽に腕を引っ張られてそれは叶わなかった。
「陽輝さん、これ以上あいつの質問に答えてやる義理はないです、早く行きましょう!」
「答えるかどうかは陽輝君が決めることであって、君が決めることではないのでは?」
「黙りなさい、あなたは何も知らないからそんなことが平然と聞けるのよ。これ以上、」
「美羽、僕は大丈夫だから。ちょっと落ち着いて。」
陽輝は美羽の頭を軽く撫でて落ち着かせようとした。
美羽は自分のために怒ってくれていることは理解している。
だがこれ以上事を大きくしたくない陽輝は仕方ないと言った表情で累に顔を向けた。
「累、僕が何者か知りたいんだよね?」
「…そうだが、もし私が彼女、もしくは君の気に触ることを言ってしまったのなら謝ろう。彼女がここにいるということは何かの事情があるという事なのだろうから。」
天界にいる純血の者が人間界に降りてくることは滅多になく、人間である累に言えないことももちろんあるだろう。
美羽が主と呼んでいる陽輝も訳ありだと言うことは明白である。
いくら陽輝のことを知りたいからと言っても限度があり、陽輝の態度からしてあまり知られたくないことなのだろう。
もう少し考えてから発言すべきだったと累は反省した。
「いや、それも全くないわけではないけど、そうじゃないんだよ。」
「じゃあ、」
「その前に一つ聞かせて欲しい。…どうして僕達を警戒しないの?」
累から見た自分達は天使と何者かわからない、人間ではない他種族であって、ただの人間ならまだしも祓い屋である彼にとって容認できない存在であろう。
自分達と出会った場所も魔物が呼び寄せられている森の近くであり、怪しいことこの上なかったはずだ。
だが累は自分達が人間ではないと見抜いていても尚、攻撃を加えるわけでも、殺意を向けるわけでもなく、普通に話しかけてきている。
陽輝は出会った時から不思議で仕方なかった。
真剣な表情の陽輝に対して累は、一瞬ポカンとした表情を見せるもすぐに優しい笑みを浮かべて、
「…君は信頼できる、そう思ったからだ。」
「……は?」
想像もしていなかった言葉に陽輝は自分の耳を疑った。
あの状況で、どんな考え方をしたら信用できると思えるのだろうか。
累の言っている意味がわからず頭を悩ませている陽輝に対し累は、
「消されていく悪霊にあんな表情ができる者を警戒しろという方が酷な話だ、陽輝君。」
「あんな表情?」
「ん?自覚していないのか?」
累ももちろん、初めから警戒していなかったわけではない。
陽輝達を見つけた時、累は2人が人間ではないと瞬時に理解して、2人を試すかのように悪霊に札を投げた。
それの反応によっては討伐対象であると思っていたのだが、累の予想は裏切られることとなる。
累の投げた札によって除霊された悪霊を見ていた陽輝はどこか悲しそうな表情を見せたのだ。
しかしそれはほんの一瞬で、すぐに突然現れた累に対して、警戒の色を見せる。
もう一度投げた札で悪霊は完全に消え去ったが、その時も陽輝は同じように悲しみの表情を浮かべた。
あの悲しそうな瞳は助けることができない己の不甲斐さなどが入り混じっているものだと累は確信している。
悪霊は、その名の通り悪であり、理性を失った悪霊はその欲望の赴くままに人間を襲い、呪いをかけるのだ。
元人間だったと言えど、悪霊に対してあんな表情をする者なんて同族である人間にもいない。
悪霊に対してもそんな優しい心を持っている者が、自分達人間の敵であるはずがないのだ。
「累、君ってちょっと変わってるよね。」
「もう言われ過ぎて飽きてしまったよ。」
「でもありがとう、人間に[信頼できる]なんて言われたのは久しぶりだよ。」
陽輝は累の考えていることのほとんどを理解できていないが、累が自分を信頼するという言葉は信じようと思った。
陽輝は深く息を吐いて瞼を閉じると意を決したように累に向き直る。
心配そうに自分を見ている美羽に対して安心させるように軽く微笑むと陽輝は累へと顔を向けた。
「君は僕を信じてくれると言ってくれた。」
「…ああ。」
「だから僕もその信頼に応えることは礼儀だと思ってる。」
「…。」
累は本能的に何かを感じ取って、無意識のうちにその場に片膝をついていた。
もうすぐ入学式が始まるからか、気が付けば周りには誰もおらず、陽輝達3人だけとなっている。
そんな様子の累に陽輝は優しく微笑んで、
「君には話そう、僕が何であるかを。」
すると、どこからか強い風が累の横を吹き抜けていき、思わず累は目を腕で覆うように隠す。
その時、瞼を閉じる寸前、累には陽輝が今の姿とは違う何かに見えた気がした。
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