第2話 遭遇

 陽輝達のすぐ背後から声が聞こえ、咄嗟に2人はその場を飛び退き、美羽は臨戦態勢に入る。

 すると驚いたことに、陽輝達の背後に立っていたのは、陽輝達と同じ制服を着ている人間だった。

 銀色の髪が特徴的ではあるが大人びた口調の割にその容姿はどことなく幼く見え、身長も陽輝より10cm程小さい。

 だがその容姿に似合わない落ち着いた雰囲気と、身体能力は目に余るものがあった。

 様々な情調を察知することに長けている美羽が背後に立たれるまで、いや、その人が言葉を発するまで気が付かないなんてことは今まで一度もない。

 ましてや、人間に背後を取られるなど、あってはならない失態である。


(悪意を感じ取り、誰かが近くにいることは察知していた、でも振り返った時にはいなかったはず……まさか…ね。)


 察知した場所も十数mと遠くはなかったが、それでも一瞬で間合いを詰めるなど、人間には到底不可能なはず。

美羽は頭の片隅でひとつの可能性を見出だしていたがそんなことあるはずがないと、すぐに消し去る。

 そして警戒心をさらに強く抱いてその目の前にいる人物を睨みつけた。


「…あなた何者?」

「何者って、見ての通りだが?まぁ家庭の事情でちょっとした力は使えるがな。」


 そういうと彼は、また悪霊に向かって何かを投げる。

 すると悪霊は苦しそうにもがいて、最後には淡い光となって消えていった。

 悪霊が消えていくところを目にするのは今回が初めてでは無いが、陽輝はどうしても慣れることができない。

 悪霊とは言えど、元は人間だった者が苦しみながら消えていく姿を見るのは。

 しかし悪霊を野放しにしておくことも出来ないため割り切るしか無いと、陽輝は軽く頭を振り人間へと目を向けた。


(…陰陽師かと思ったけど違うな。)


 よく見ると彼が投げていた物は、〈呪印〉の書かれた紙だったようだ。

 〈陰陽師〉は魔物や妖に取り憑かれてしまった人間を助けることを職業としている者達のことである。

 投げられた札を見て陽輝は何か思い当たったのか、口元に手を当て彼を観察していると、彼は興味深そうに笑みを浮かべた。


「後ろの君は、思っていたより賢いようだ。それに、」

「それ以上近付かないで、何か言いたいのならそこで言いなさい。」

「こらこら美羽、落ち着け。殺気を仕舞って。」


 美羽は彼を敵とみなしているのか、警戒心を緩めることなく彼を睨みつけていた。

 だが彼に敵意が無いのは陽輝でも見て取れるため、それを感知できる美羽に分からない訳がない。

 陽輝に言われ殺気は仕舞ったがまだ彼を睨み続けているところを見ると、どうやら背後を取られたことが相当悔しいようだ。

 そんな美羽を見て陽輝と彼は思わず顔を見合わせ苦笑いを浮かべる。


「やれやれ、そんなことでは後ろの方に見限られるぞ天使殿。」

「なっ!?余計なお世話よ!主はそんなことっ!…今何て言った?」


 美羽は自分の耳を疑うように聞き返した。

 今は人間に化けていて、天使の翼も輪も出しているわけではない。

 例え化けていることに気付かれたとしても天使だとは分からないはず。

 奴は自分と同じ感知能力がある、もしくはそれ以上の、能力を持ってる可能性がある。

 やはりこいつは危険だと美羽が再認識しようとした時、


「美羽、出ちゃってるよ、天使の輪っか。」

「えっ!?嘘!?」

「だから落ち着けって言ってるのに。誰も見てないから良いものの、学校では絶対出さないでよ。」


 陽輝に指摘され慌てて確認すると、頭の上に確かにある。

 感情が高ぶりすぎたのか、人型が維持できていなかっただけらしい。

 しかし天使の輪を見ても、天使が目の前にいても彼は驚く様子が全くなく、陽輝もバレたことに慌てている様子が全くなかった。

 訳がわからず困惑している美羽に気付いて彼は、


「この森には魔物や妖がよく出没している。まぁ流石に純血の天使を見たのは初めてだが、今更驚いたりしない。」

「仕事柄、いろんなものを見てきてるだろうしね。」

「!…まさかあれだけの情報でそこまで分かるとは。」


 自分の素性を見破られるとは思っていなかった彼は、一瞬驚きの顔を見せて、参ったと言わんばかりの笑みを浮かべた。


「主、奴はいったい…」

「ん?あぁ、祓い屋だよ。美羽も聞いたことあるでしょ?」


 〈祓い屋〉はその名の通り、悪霊や妖を祓うことを職業としている者達のことだ。

 弱体化させることしかできない陰陽師と違って、祓い屋はその存在をこの世から消すことが仕事。

 祓い屋であれば自身の妖力を巧みに使い分け、今回のように呪印の書かれた紙で悪霊を祓う事や、自身の身体能力を上げることも出来る。

 彼は簡単にそれをやってのけたが、祓い屋だからといってそれが簡単に出来るわけではない。

 妖力とて無限ではないのだ、使えば使うほど消耗し、そして何よりも人間族は妖力の回復が遅く、最悪の場合死に至る。

 それ故に祓い屋の数はとても少なく、認知度も陰陽師に比べて極端に低いのだ。

 基本的には依頼されたら祓うと聞いていたが、どうやらそうではない者もいるらしい。


(彼は祓い屋の中でも少し特殊なようだし、周りに誰かいる様子もない。)


 周りをキョロキョロと確認する陽輝を見て、祓い屋の彼は諦めに近いため息をついた。


「まったく、どうやら君に隠し事は難しいようだな。改めまして私は、祓い屋一族である神山家の神山累るいだ。」

「僕は月草陽輝、でこっちは天野美羽だよ。」


 美羽は累のことが気に入らないようで顔を背けて目を合わせようとしないが累は気にしていないようだ。


「私も聞きたいことは沢山あるのだが、それは歩きながら聞かせてもらうとしよう。陽輝君達も今年から入学なのだろう?」

「「あっ。」」


 陽輝も美羽も登校中であったことを忘れていた。

 慌てて時間を確認するがまだ入学式までには少しある。

 しかしいつまでもここにいるわけにはいかないため3人は学園へ向けて歩き始めた。

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