第1話 不思議な青年
春の木漏れ日がカーテンの隙間から部屋へと入り込み、朝が来たことを告げている。
ベットの上で横になっているその青年は閉じていた瞼を開けてゆっくりと体を起こした。
そしてベットから腰を持ち上げ、カーテンを開けて気持ちの良い朝を迎えるのかと思いきや、青年は浮かない顔をして溜息をついている。
その青年の名は[
学生になるなんて学校に縛られるだけであって、勉強をする必要がない陽輝にとってはデメリットにしかならないのだ。
今まで通り自分に課せられた義務を果たせば問題ないだろうと思っていたのだが、
「人間を、そして自分自身をよく知りたいのであれば学校に通っていろんな者達と関わりを持て。」
なんて恩人であるあの人に言われてしまえばそれに逆らえるはずもない。
それに陽輝が住んでいるこの家もその人が用意してくれたものなのだから、断れるはずなどなかった。
彼はあの人の食えない笑顔を思い出し、もう一度溜息をつくと、今着ている服を脱いで壁に掛けてある真新しい制服に手を伸ばした。
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コンコンッ
「主あるじ、おはようございます。そろそろお時間です。」
陽輝が身支度を整え終えると、扉を叩く音とともに馴染みの声が聞こえてきた。
身支度がちょうど終わったタイミングでのことを考えるとどうやら見計らっていた様子。
陽輝が扉を開けると、想像通りの人物が立っており、その者は陽輝が目に入ると丁寧に腰を曲げて頭を下げた。
「了解。後、これからは〈主〉って呼び方は禁止。学校でそう呼ばれては怪しまれるから。」
「…分かりました、では何とお呼びすればいいのですか?」
「普通に名前で呼んでほしい。それと、出来れば敬語も…」
「それはお聞きできません。」
陽輝の言葉を遮るような形での断固拒否。
呼び方を変えることを渋っていたところを見ると余程嫌だったのだろう。
(まぁ、普段から敬語だと言えば問題ないか。)
陽輝自身も断られることは想定内であったため特に強制することもなく、学校へと行くため玄関で靴を履いた。
そして当然のようについて来ようとしている彼女の方へと振り向き、呆れたように陽輝が口を開く。
「本当に一緒に通うの?家で待っててもいいんだけど。」
「いいえ、私は主であるあなた様の僕しもべでございます。主をお守りし導く事が私の役目、何処へでもお供致します。」
そう言って陽輝に一礼し、にっこりと笑みを浮かべる彼女は、同じように靴を履くと、陽輝の前に出て玄関を開けた。
自らを「僕」と言った彼女の名は[
彼女は元々、天界から送り出された天使である。
遥か昔この地では、精霊や族や獣人族などの人間以外の種族が人間と共に生活していた。
しかし、それは突然終わりを告げることになり、多々あった種族はこの地から姿を消してそれぞれ自分たちの地を見つけてそちらに移り住んだのだ。
魔族や天使族は他の世界に移り住み、この世界から姿を消した。
今では、神話やおとぎ話となって、いなくなってしまった今でもその存在が語り継がれているが、所詮は物語だから、と実際に信じている者は少ない。
「主?」
「あぁごめん、ってだからその呼び方ダメって言ってるのに。」
陽輝がぼーっとしていたせいか、美羽はどうしたのかと首を傾げて不思議そうにしている。
陽輝は現実へと意識を戻し、開かれた扉を括って外へ出た。
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しばらく歩いていると彼らと同じ制服を着ている人がちらほらと見え始めた。
学校までまだ距離はあるが、意外と歩いて登校する者が多いらしい。
陽輝はそう考え事をすることで気を紛らわしていたが、どうやら無駄だったようだ。
表情からして悪意や憎悪などといったものは感じないため放置していたが、こんなに見られていては落ち着かない。
隣を歩いている彼女も陽輝と同じことを思っているのか、不機嫌そうな表情を浮かべている。
「…やはり少し容姿を変えた方が良かったのでしょうか?ある…陽輝さんは、その、とても目立つ格好をしていますし。」
「そう言われてもめんど…生まれ待ったものだし。それに僕よりも美羽の方が目立ってると思うよ。」
陽輝はそう言って、隣を歩く美羽を見上げる。
彼女容姿は陽輝よりの少し背が高く、濃い青色の綺麗な髪を一つに結び、少しつり上がった目が特徴的なクールビューティーという言葉がよく似合う美人であった。
どの時代、どの世界でも綺麗なものには目を引かれるというもの。
「その容姿に加えてその髪だから余計に人目を惹くんだろうね。さすがは天使と言ったところか。」
「…お褒め頂き大変光栄なのですが、陽輝さんも人のこと言えないと思いますよ。」
「そうかな?まぁ髪色が目立ってることは認めるけど…」
実際に陽輝達と同じ制服を着ている人たちは黒髪が多いものの、それ以外の髪色をしている者もいた。
しかし陽輝のように金色こんじきに毛先が緑色という髪色をしている者はいないため、それが視線を集めているのだと思っていた。
陽輝の考えていることが解ったのか、美羽は呆れたように陽輝を見て溜め息をつく。
「そのことを言っているのでは無いのですが…よろしいのですか?このままだと活動に影響が出てしまうのでは?」
「う〜ん、まぁそれはおいおい考えよう。」
活動と言っても元々夜に行っているものだから陽輝はそれほど心配していない。
しかし不安が全くないわけではないのだ。
(森の中ならまだしも、建物を出来るだけ壊さないようにとか、人間に被害がないようにだとかを考えると、)
「本当に学校へいかないとダメなのかな…」
「…社会勉強だと思えばよろしいのではないでしょうか。」
陽輝がこれからやれなければならないことに頭を抱えていると、美羽が慰めとはとれない言葉を返す。
陽輝が本気で嫌がっている訳ではないことを美羽は分かっている。
美羽は我が主の複雑な心境を察して苦笑いを浮かべた。
だか次の瞬間、陽輝に目を向けて歩いていた美羽が、何かを感じバッと勢いよく顔を上げ、一定の方向に目を向ける。
「……主。」
「だーかーらー!呼びか…た……何か見つけたの?」
「はい、この気配だと
美羽の問いに陽輝は軽く、そして困ったように笑みを浮かべ、それを見た美羽は何を言うわけでもなく走り出した。
陽輝も戸惑うことなくその後を追いかける。
しばらく美羽の後を追いかけていた陽輝は、段々と森に近づいていることに気がついた。
この森には、まるで呼び寄せられるように魔物等が集まってくる。
だから魔力や妖力の高い者は種族など関係なく何であろうと呼び寄せられることがあり、魔物等の餌食になってしまうのだ。
〈妖力〉とは、簡単に言えば生命エネルギーようなもので、妖怪や妖はそれの量の多さで大体のその者の強さが決まると言っても過言ではない。
妖怪族やその他一部の種族達はそれを基に妖術を繰り出しており、妖力が多い程、それに比例するように妖術の威力も強いのだ。
〈魔力〉も似たようなもので精霊や妖精は魔力を使って力を生み出している。
そこからまた少し走った所、学校からそれほど離れた場所では無い森の入り口付近にそれはいた。
美羽と陽輝はだんだんと速度を緩めて、自分達に影響が出ない程度まで近付く。
人間の姿をしてはいるが体は透けていて全く生力を感じられず、そして人間にあるまじき禍々しいオーラを放っている。
「……あれは、」
「霊…いや、悪霊ですね。」
〈幽霊〉は死んだ人間がこの世に何らかの心残りがあり、成仏出来ずにいる者達が彷徨っている魂のこと。
その彷徨う年月が長ければ長いほど、この世に生きている人間の悪意や憎悪を取り込んでしまい、遂には自我を失くして悪霊となる。
悪霊となった者の魂は彷徨う年月に比例して、妖力を膨張させ災いを生んでしまうのだ。
この世界の人間は妖怪や妖だけでなく、少なからずほとんどの者は妖力をその体に宿している。
そうでなければ元が人間である悪霊が妖力の塊になどなったりはしない、器のないところに突然宿りはしないのだから。
だから妖は、その妖力を求めて人間を襲い、より強くなろうとしている。
妖力の塊である悪霊を喰えば良い話なのだが、余程の莫迦ではない限りそんなことはしないのだ。
妖力は奪えるかもしれないが、同時に呪いをもらう可能性もあるため、妖も魔物も悪霊には手を出さない。
今、陽輝達の前にいる悪霊は特に悪さをしているわけではない。
だが、元々この世に居てはいけない存在であり、自我を失っていてはいつ本能のままに、要望のままに暴れ出してもおかしくはないのだ。
だからすぐにでも消滅させるべき存在であることは陽輝自身も重々承知している。
しかし悪霊が相手では今の陽輝では分が悪いため、陽輝は美羽にお願いしようと口を開こうとしたが、それよりも早く美羽が背後から殺意を感じ取って、咄嗟に陽輝を守るように背後へ庇う。
だが、それは陽輝達に向けて放たれたものではないようで、美羽の横を何かが掠めるように通り過ぎた。
それを追いかけるように2人が振り返ると、悪霊が断末魔のような叫び声をあげて、地面に伏せている姿が目に入る。
「まさかこんな所に誰かがいるとはな。」
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