Episode 3.4

『魔物たちを倒し、指輪の封印を解いた冒険者一行。だがしかし、僅かに息が残っていた魔物が最後の悪足掻きを見せる。主人公に襲い掛かる凶刃。気づくのが一歩遅れた男を、仲間の女が身を挺して守る。男は無事だったが、女は深傷を負い、息も絶え絶えとなっていた』


「どうして・・・」男は悲痛な面持ちで、女を抱き抱える。

「無事で、良かったわ・・・。これで元の時代に戻れる、わね・・・」言葉を振り絞る女。

「君が助けてくれたお蔭で、思い出したんだ。この時代に飛ばされる直前、時空の歪みが現れて、俺の大事な人が吸い込まれそうになったんだ。それを助けようとして、俺が代わりに吸い込まれちまった。まるで今の君のようだ」

「そう・・・だったのね。元の時代に戻ったら、大事な人に会いに行ってあげてね・・・」

「いいや」男は覚悟を決めた。「今ここで大事な人を見捨てたら、元の時代に戻ったとしても俺は残りの人生を後悔しながら生きていくしかない」そう言うと指輪に願いを告げた。


「指輪よ! 俺の大事な人を救ってくれ!!」


 指輪はまばゆい輝きを放ち、辺りは不思議な光と温もりで満ちた。

 しばらくして不思議な光が立ち消えると、さっきまで死に瀕していた女の傷は癒えていた。「馬鹿な人ね。せっかく帰れるチャンスだったのに」そう言うと、目に涙を浮かべながら女は笑った。指輪は輝きを失い、秘めた魔力は完全に失われていた。


 一行は冒険に一区切りをつけることにした。ある者は古郷へ帰り、またある者は旅を続けるという。男は居を構え、女とともに暮らすことにした。

「本を、書こうと思うんだ」男は少し恥ずかしそうに言った。「俺はこの時代で元気に暮らしてるぞって。たくさん冒険して楽しく生きたぞって、未来に残してきた奴らに教えてやりたいんだ。心配する必要はないぞ、ってな」

「ふふ、素敵ね」女は少し膨らんだお腹をさすりながら微笑んだ。

「だろう? きっと夢を叶えてみせるさ」男もまた微笑む。


 ――男はそれからも世界中を冒険して、たくさんの人を救って回りましたとさ。めでたしめでたし。


 語り手が男女の冒険を締め括ると共に、壇上に現れた。ひとりの男の子を連れて。「面白かったー。ありがとうパパ。またご本を読んでね」ぱちぱちと拍手をしながら満足そうな顔を見せている。

「ああ。まだまだ冒険のご本はいっぱいあるからね。さ、そろそろ寝なさい」父親に促されて、男の子は寝室へと入っていった。

 壇上には父親――語り手がひとり。

「父さん。あの時助けてくれて、ありがとう」


 物語はそこで幕を閉じた。


 観客は総立ちになり、会場はこの日一番の拍手に包まれた。魔物との大立ち回りの後、急いで席に戻って物語を最後まで見届けたアルドたちは、会場の盛り上がりに圧倒されつつも、負けないくらい大きな拍手を送った。あまりにも拍手が鳴り止まないので再び幕が上がり、出演者一同が挨拶に出てきた。そこでまた、割れんばかりの拍手が起きた。


 こうしてアウイルが脚本を手掛けた舞台の初演は、大成功を収めた。原作小説は公演後に飛ぶように売れて、即完売した。また忙しくなるなとアウイルが嬉しそうにつぶやいたのを見て、アルドは自分のことのように喜んだ。


 全ての観客が退場し、舞台関係者が落ち着いた頃合いを見計らって、アルドたちはアウイルに話し掛けた。

「あの物語は、親父さんの半生だったのか?」アルドはずっと気になっていたことを問い掛けた。

「ああ。そういうことだ。親父はどうやら、未来からこの時代に飛ばされてきたらしい。ザルボーで得た最後の手記に全部記してあったよ」そう言うと肩の荷が下りたようにアウイルは安堵の溜め息を漏らした。「物語はかなり脚色したけどな。大筋は大体一緒だ」指に嵌めた指輪を眺めて続ける。「この指輪に本当に願いを叶える力があったかどうかは分からんが、未来に帰る方法を探してあちこち冒険した時に見つけたものなのは確からしい。そうやって帰る方法を模索したが結局見つからず、いつしか自分が生きた証を後世に残すことを考え始めるようになった、って訳さ」

「そうだったのか。親父さんが探していたものっていうのは未来に帰る方法だったんだな」アルドはなんだか複雑な気持ちになった。

「でも、帰る方法より冒険そのものが目的になっていたみたいだしな。あれで楽しんでたんだから、いい人生だったんだろう。未来に残された家族には気の毒だが」少し悲しげな顔を見せながらも、すぐに笑顔になって言った。「だから親父の意思を俺がしっかり継いで、兄弟たちにしっかり伝えてやんないとな。親父は元気にしてるぞ、ってさ」


 アウイルが言うには、あの魔物たちは指輪に微かに残存していた魔力にてられ半ば正気を失っていたらしい。指輪にはもう大した魔力も残っていないことを説明して、ちゃんと話したら悪い奴らじゃないと分かったので、こっそり町の外に逃がしてあげたと言った。悪さしたらまたぶっ飛ばしてやるからなと、満面の笑みで見送ったそうだ。

「でもな」アウイルは嬉しそうに語る。「俺はこの指輪には本当に願いを叶える力が宿っていたんじゃないかと思ってる」

「どうしてだ?」アルドが聞き返した。

「俺は親父の意思を継ぎ、それをどうやって叶えたら良いのかと苦悩しながら旅を続けていた。そんな時にこの指輪を手に入れ、そしてお前らが現れ、そこから先はご存知の通りだ。指輪が俺とお前らを巡り合わせ、そして親父と俺の夢を叶える手助けをしてくれた。そう考えると、納得が行かないか?」

「確かに。それはそうかもな」アルドは得心が行った。

「なーんてな。才能ある俺様が今考えた御伽噺さ」


 指輪がキラリと光ったように見えた。

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