Episode 3.3

 演目 ―遠い未来の君に―


『男はある日、森の中で気を失っているところを近くの村の住人に発見される。村人と話すもなにやら話が噛み合わない。村へ案内されると、そこは男が知っている文明とはまるでかけ離れていて、聞き出した暦から察するに、八〇〇年もの時を遡りこの時代へと辿り着いたと知る』

『どうやってこの時代へやって来たのか、何故かその部分だけ記憶がぽっかり抜け落ちていたが、男は未来に帰る方法を探すべく、旅に出ることを決意する――』


 語り手の導入から森で主人公が発見されるシーンで物語は始まる。序盤から小気味良いテンポで話が進み、合間に挟まれる笑いがなかなかツボを押さえていて、観客を飽きさせない作りになっていた。ひとりで旅を始めた男が、ひとり、またひとりと仲間を増やして冒険活劇を繰り広げる。中盤に差し掛かり、主人公と盗賊団の頭が砂漠で一騎打ちするシーンは手に汗握る激戦で、観客は思わず息を呑んだ。

 少しの間だったがアウイルと共に旅をしたアルドたちは、自分たちとの冒険が参考になったと思われる展開を目の当たりにする度に、胸が熱くなった。


 物語は進み、主人公は願いを叶える力を秘めた指輪が、とある地に封印されているとの情報を得た。ダンジョンの奥深くへと進み、ようやく指輪の封印を解いたその時――。


「その指輪を寄越せェェ!!」


 他のどの役者よりも響くとてつもなく大きな声――ほぼ絶叫に近い雄叫びが場内にこだました。迫真の演技。だがその声の主と思しき役者の姿は舞台上には見当たらない。

 最後部で見ていたアルドたちは声の主が客席のど真ん中にいるのを直ぐに発見できた。アルドは凝った演出するんだなと感心しかけたが、なにか様子がおかしい。

「うおおおおおお!!」声の主がもう一度雄叫びを上げたかと思うと、その姿を一瞬で魔獣へと変貌させた。しかもひとりではない。周りにいた何人かの観客が、一斉に本性を現す。

「おいおい、こんなの台本にはなかったぜ」アウイルが席から立ち上がり状況を確認する。

「あれは魔獣!? 本物だ!!」アルドも驚きを隠せない。「しかもあいつら――」

「ああ、前にセレナ海岸でぶっ飛ばしたやつらだな。指輪を狙って来やがったか」

「指輪だって? 舞台上にあるのはなんの力もない小道具だろう?」アルドはまさかという顔で聞き返した。

「もちろんさ。本物はほら、ここにあるだろう」そう言ってアウイルは自身の指でキラリと光る指輪を見せつけた。「どうやらこいつが発する魔力があいつらを呼び寄せちまったようだぜ」アウイルは申し訳なさそうに苦笑いした。

「マズイぞ、このままでは観客や役者に被害が・・・」場内はパニックになるかと思われたが、意外と落ち着いている。アルドが一瞬勘違いしかけたように、観客たちは演出だと信じきっているのだ。

「行くぞ相棒。今なら大した混乱を起こさずに舞台の上の物語で全て片付けられる」そう言うとアウイルは駆け出した。アルドももう破れかぶれだと勢いのまま飛び出し、仲間たちも続いた。

「だがな相棒」アウイルは不敵な笑みをこぼしながら言い放った。

「絶対に斬るな」


「ウオオオァァァァァ!!」

 魔獣の群れは観客席から一直線に舞台を目指す。彼らに観客を襲う気がなかったのは幸いだった。ただ、役者たちは突然の強襲に身を強張らせ、その場から動けずにいた。

 魔獣の群れが舞台に上がるのを見計らってアウイルは追い付き、手近にいた魔獣の後ろからガツンとデカい一撃をお見舞いしてやった。

「待たせたなお前ら!! この俺様が加勢しに来てやったぜ!!」かなり演技がかった立ち振る舞いだったが、この場ではそれが効果覿面だった。アウイルが「俺たちに任せろ」と目配せし、役者たちにその意図が伝わる。「い、行くぞ! これが最後の戦いだ!!」主役の男が鼓舞し、他の役者も奮い立った。

「なんだオメェら! 全員やっちまえ!!」

 魔獣たちは徹底抗戦の構えを見せた。


 アルドたちも舞台に上がり、魔獣たちとの大乱闘が開幕した。以前戦って倒した相手とは言え、勝手がまるで違う。徒手空拳のエイミはさておき、アルドは剣を禁じられたので、フィーネから杖を借りて殴打で臨んだ。一方、サイラスは抜き身の刀を振り回し大立ち回りを演じた末に「安心せい。みね打ちでござる」と見得を切り、リィカに至っては「斬り捨て御免、でゴザル」と言いながら槌を振り回す始末だ。完全にノリノリである。

 アルドたちが魔獣を昏倒寸前にして役者たちがトドメを刺す、といった形で役者たちに花を持たせながら、ばったばったと薙ぎ倒していった。観客は爽快に繰り広げられる大立ち回りに歓声を上げ、完全に演出だと信じて疑わない。気絶した魔獣たちはフィーネとヘレナが協力して舞台袖へと引きずり出し、舞台上の魔獣たちはどんどん片付いていった。

「ち、畜生!! かかって来やがれ!!」舞台上に最後にひとり残った魔獣が激昂する。

「行くぞ相棒!!」アウイルとアルドはそれぞれ別方向から同時に駆け出し、魔獣と交錯すると同時にふたりで渾身の一撃を入れる。「今だ!」アウイルがそう叫ぶと、待ってましたと言わんばかりに主役の男が飛び出し、華麗にトドメの一撃を決めた。


 まだ上演中だというのに、会場には拍手喝采が沸き起こった。混乱は防げたが、これはこれでばつが悪いなとアルドは苦笑する。「またつまらぬものを斬ってしまった、でゴザル」と誇らしげにポーズを決めているサイラスとリィカを連れて、そそくさと舞台袖に下がることにした。

 過去に道中で出逢った仲間たちが駆けつけてくれた、と主役の男が上手く話を繋いだので、その後は台本通りの進行に戻った。

 そして物語は終盤に差し掛かる。

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