Episode 3.2

 アウイルと劇場を訪れてからしばらく経ったある日、アルドたちは招待状を受け取った。舞台がいよいよ初演を迎えるらしく、『※関係者用』と記された入場券が人数分同封されていた。

 実はあの日以来、アウイルとは顔を合わせていなかった。と言うのも、劇場を出るや否や「やることがあるから」とアルドたちとはその場で別れ、それからというもの、なにやらずっと忙しくしていたようだったからだ。アルドたちもまたあちこち冒険をしていたので、なかなか会う機会に恵まれず、舞台の準備が順調に進められていることだけ風の便りに聞いていた。

「いよいよお披露目か」感慨深げにアルドは言った。あの日、『未来から時空を超えてやってきた冒険者の話』とだけ教えられたものの、本番を見てからのお楽しみとそれ以上のことは教えてもらえなかった。どこかで聞いたような話だなとアルドは苦笑いしたが、仲間たちと共にずっと公演を心待ちにしていた。

「おーい、みんな。アウイルから招待状が届いたぞ」

 一行はユニガンへと針路を取る。


 王都ユニガン。三百年続くミグランス王朝の中枢であり、城下町の中心にはミグランス城が威風堂々とそびえ立っていた。大陸のどの町よりも活気に溢れているが、先の魔獣王との激しい戦争の爪痕が町の所々に散見される。特にミグランス城への被害は甚大で未だ復興の目処は立たず、当代の王は城下で宿暮らしを余儀なくされていた。そんな状況下でも王は常に、民に寄り添い、国を想い、日々研鑽を積む。民から慕われる所以であった。


「アルドではないか」

 ユニガンに入り、劇場へと向かっていたアルド一行は突然の呼び掛けに足を止め、声の主へと振り向いた。

「ミグランス王!!」

「久しいな。『堕落の月』の件では世話になった。国を代表して礼を言う」筋骨隆々とは正しくこのことと言わんばかりの王は、アルドたちへと謝辞を述べた。どうやら兵を連れて町を視察していたところに出くわしたようだ。

「いえ、礼には及びません。当然のことをしたまでです」

「君らしいな。近頃ユニガン周辺では魔獣の残党がなにやら不穏な動きを見せている。君たちも気をつけてくれ。有事の際にはまた手を借りるやもしれぬ」

「ええ、その時には助太刀します」

「また茶でも飲もう」

 そう言うと王は兵を連れて視察を続けた。


 国立劇場もまたミグランス城に次ぐ立派な建造物だ。かつては連日満員の賑わいを見せていたが、戦争の影響もあり一時は閉館を余儀なくされていた。そんな劇場を復興するべく、アルドたちは時には脚本を用意し、時には舞台に立ちと、なにかと所縁の深い場所だ。

 今回は宣伝にかなり力を入れたらしく、新進気鋭の作家による期待の新作と大々的に告知され、その甲斐あってか劇場の周りはかなりの賑わいを見せていた。

「やあ、よく来てくれたね」ロビーに入ると、支配人がアルド一行を見つけるや否や声をかけてくれた。「今日はきっと良い舞台になるよ。偉大な脚本家先生はあちらだ」言われた方を見てみると、山積みにされた本を売り捌くアウイルの姿があった。

「おう、相棒! 久しぶりだな!」一冊どうだと、真新しい本を差し出してきた。「今日の舞台の原作小説だ。今のうちに買っておかないと、公演後には売り切れちまうぜ」あの日以来忙しくしていたのは、どうやら小説の執筆と本の制作に勤しんでいたかららしい。

「そうか。舞台も小説も完成して、順風満帆だな」

「いいや、まだまだこれからさ。舞台を成功させて、本もたくさん売って、後世に語り継がれる名作にしないといけないからな。今日はその第一歩だ」アウイルは誇らしげに言った。

 サイラスが「大先生殿の署名を貰えるでござるか」などと言いながら本を購入している。エイミは本を手に取りなにか考え込んだかと思うとリィカとなにやら話していた。フィーネがもうすぐ開演の時間だよと急かすので、一行は場内に入ることにした。

「お前らには特等席を用意してある」と最前のど真ん中を案内されそうになったが、アルドは気が引けたので一番後ろでいいと遠慮しておいた。「そうか」と笑いながら、アウイルも一緒に席に着いた。「稽古は何度か見学したが、ちゃんと見るのは初めてでな」と嬉しそうに話している。


 開演時刻が迫る。ブザーが鳴り、客席の照明が落とされた。

 そして再度ブザーが鳴り、幕が上がった。

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