Episode 3
Episode 3.1
翌日、アルドたちは朝早くに船を出した。もっとゆっくりして行けばと村人たちに引き止められたが、一刻も早く手に入れた情報をまとめたいからと、アウイルは名残惜しそうに別れを告げた。
「またきっと・・・いや、必ず戻って来るよ」そう言って、一行は砂漠の村を後にした。
天気が良く、渇いた風が心地よい。サイラスが甲板に出てなにやらゲロゲロ言っているが、みんな気にする様子もなく、船旅は至って順調だ。ヴァルヲも気持ち良さそうに昼寝している。
「さあ、いよいよ大詰めだ」
出港直後、アウイルはしばらく部屋に籠もると言い残し、以来姿を見せないでいる。きっと本の執筆に集中しているのだろう。邪魔してはいけないと、アルドたちは離れた部屋で今後の旅について話し合い、それから各々自由に過ごした。幾らか気分が良くなったサイラスが海に飛び込んで、船と並んで泳いでいるのをアルドはぼんやりと眺めている。アウイルの親父さんが探していたものがなんだったのか、昨日のどんちゃん騒ぎで聞きそびれてしまったな、なんてふと思い出したが、後でゆっくり聞かせてもらえばいいと伸びをして、水平線の向こうに広がる未来に思いを馳せた。
食事の時間にもアウイルは現れず部屋に籠もったままで、やがてリンデに入港する時間が近づいてきた。水平線に港町が見えてきた頃、扉を開けてアウイルが部屋から出て来た。
「すまない、気がついたら寝ちまってた」いかにも起きて間もないという顔でアルドにおはようと言った。既に日は高い。
「ははっ、旅の疲れが溜まっていたんだろう。無理もないさ」
「でもお蔭様でなんとか仕上がったぜ」
「小説が書き上がったのか?」
「いいや」そう言うとアウイルは紙片の束を見せつけてきた。
「ご所望の劇の脚本だ」
無事にリンデに入港し、一行は船員に礼を言って下船した。
アウイルはこのまま国立劇場へ向かおうと、船を降りる前に提案してきた。
「なにもそんなに急いで書くことなかったのに」アルドは寝食を忘れて執筆に没頭していたであろうアウイルを心配した。「劇場だって急ぐ必要はないんだぞ」
「お前らには世話になったからな。それに俺の溢れ出る才能が留まるところを知らなくてな。あれよあれよと最後まで書き上げちまったぜ」そうこう話しているうちに船を降りる準備をせねばならなくなったので、脚本がどんな話なのか聞くタイミングを逃してしまった。
リンデからセレナ海岸を経てユニガンの国立劇場へと、ほとんど寄り道もせずに直行した。陽が傾き始める前にはなんとか都に入り、劇場ではちょうど公演が終わったところだったのか、観客がまばらに退場していくところだった。一時は所属する役者もいなくなり、アルドたちが舞台に立たねばならないこともあったが、最近は他所から劇団を呼んで公演を行ったりしているようだ。
劇場ロビーでは、来場した知人に挨拶をして回る支配人の姿があり、アルドたちは支配人が落ち着くのを隅っこで待つことにした。
「ああ、君たちか。その後どうだね? なにか良い脚本は見つかったかい?」
「その件で、支配人に紹介したい人を連れて来たんだ」アルドは支配人にアウイルを紹介した。
「初めまして、支配人殿。俺の名はアウイル。流浪の物書きだ。冒険小説を書きながら旅をしていたところ、脚本を探していたアルドたちと出逢い、僭越ながら筆を執った次第だ。お眼鏡に適うかは分からんが、目を通して頂ければ幸いだ」そう言うと、出来立てほやほやの原稿を支配人へと手渡した。
「それはそれは、大変ありがたい。貴殿の玉稿、
二周目を読み終えると、またあれこれ考え始めたようだ。なにやらぶつぶつと呟いていてはっきりとは聞き取れないが、どうやら余韻に浸っているらしい。完全に世界に入り込んでしまっている。
「アウイル殿!!」支配人は改めて向き直るとアウイルの手を握り「是非この脚本でやらせてくれ!!」と熱く要請した。
「願ってもない話だ。こちらからも是非ともよろしく頼むよ、支配人殿」話が纏まると、アウイルはアルドの方を見てにかっと笑ってみせた。
「良かったなアウイル。俺たちも嬉しいよ」
「もちろん、君たちにも役者として出てもらいたいんだが!?」
「え!? 俺たちは今ちょっと忙しくて・・・はは」支配人のペースに乗せられてはいけないと、アルドは反射的に断った。
「それなら仕方ない。今来てもらっている劇団の舞台監督に話を持ち掛けてみよう。上手く話が進めばすぐにでも稽古を・・・」支配人は早速新たな作品に着手しようとしている。「悪いがこれにて失礼させて頂く!! アルド君、素敵な作家を紹介してくれてありがとう!!」そう言い残すと、一目散に駆けていった。
「そう言えば」アルドはふと思い出したかのようにアウイルに問い尋ねた。「脚本はどんな話なんだ?」
「まだ話してなかったな」そう言うと、自信満々の顔でアウイルは答えた。
「未来から時空を超えてやってきた冒険者の話さ」
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