Episode 2.4

 激しい戦いの末、盗賊団を壊滅させたアルドたちはザルボーへと戻った。


 捕えた盗賊団を村の警備隊へと引き渡し、一行はしばし休息を取る。

「近々ユニガンから身柄を引き取りに兵が来る。『堕落の月』には国も手を焼いていたから、願ったり叶ったりだろうな」警備隊へと引き継ぎを済ませ、アウイルが戻ってきた。「然るべき処罰が下るだろう」そう言うと、一瞬物憂げな表情を見せたかのようにアルドには見えた。きっと親父さんのことを想っているのだろうと、なにも言わずに、用意されたお茶が冷めるのをじっと待った。

「それで、今後のことだが」アウイルは早くも気持ちを切り替え、これからの動きを話し始めた。「この村での主な目的はふたつ。ひとつは『堕落の月』の捕縛。これはお前らのお陰で無事に遂行することができた」当然だと言わんばかりにサイラスとエイミがしたり顔を見せている。リィカからも満足気な雰囲気が伝わってくる。

「そしてもうひとつ。会わなければならない人物がいる。リンデと同じパターンだな」アウイルはこの村の村長に会いに行くと言った。「『堕落の月』討伐の報告も兼ねてな。誰が一緒に行く?」

 フィーネは盗賊団に襲われた人たちを心配して様子を見に行きたいと言ったので、またアルドとリィカだけアウイルに同行することにし、あとはみんな残ることにした。顔には出さないが、大勢を相手に奮闘したサイラスとエイミは疲労が溜まっていることだろう。ヴァルヲはすやすやと眠っている。「安心して行ってきなさい」と、ヘレナが三人を送り出してくれた。


「おお、お主らが『堕落の月』を討ってくだすったのか! なんと礼を申したら良いか。これで村の皆も安心して暮らせるじゃろう」盗賊団壊滅の一報は既に耳に入っていたようで、恩人の訪問に村長は安堵の表情とともに目尻に涙を浮かべた。

「礼なんて気にしなくていいさ。元々そのつもりでこの村に来たんだ。それとあんたに用事があってな」アウイルは早速本題に入ろうとする。

「ワシらにできることならなんでも申してくだされ」

 アウイルは懐から大きな赤い石を取り出す。

「『俺の息子が必ず返しに来る』・・・そう言えば分かるって聞いてるぜ」不敵な笑みを浮かべながら、村長へと戦利品を差し出した。


 青天の霹靂とはまさしくこのことだった。予想だにしない手土産に、村長は目を丸くした。村に代々受け継がれ、一時は自分が所有し、そして村の恩人へと贈ったもの。確かにあの男は言っていた、『息子が必ず返しに来る』と。そして今、数年の時を経て再び目の前に現れた。目尻に溜まっていた涙は一気に溢れ出し、村長は手で顔を覆った。

「お、おお・・・まさか、まさか親子二代に渡って村を救われるとはの・・・うう・・・」村長は涙をこぼしながらも、必死に言葉を絞り出した。

 少し間を置いて落ち着きを取り戻した後、村長は語り始めた。「あの男が村へ訪れた時、この村は魔物に襲われておっての。畑を荒らされ深刻な飢餓に苦しんでおった。それを知ったあやつは魔物退治を買って出て、一晩のうちに討伐してしまったんじゃ。それのみならず、痩せた土地でも逞しく育つ野菜の種子を村人に分け与え、耕作から野菜の収穫まで、なにからなにまで手解きしていったのじゃ。お陰で村はなんとか持ち堪え、今もこうして暮らしておる」村長は涙を拭い、あらためてアウイルの顔を見た。

「言われてみればあの男の面影があるのう。この村を出てからの話は聞いておるよ。海へ出て『堕落の月』に襲われたそうじゃの。深傷を負いながらもなんとか故郷へ戻ったと聞いたが・・・」

「ああ。自宅で長いこと療養生活を送ってたんだけどな。最期は呆気なく逝っちまった」

「そうじゃったか。人の命とは儚いものじゃのう。だが人の生き死にも、出逢い別れも、全て巡り合わせなのかもしれんの。こうして息子のお前さんに逢えたこともな。あらためて礼を言おう」

「ははっ。礼はいいって。それよりさ、預かってるんだろ? 親父から」

「ああ、その為に来たんじゃったな。中で座って待っておれ」村長は三人を居間へと案内すると奥に引っ込み、やがて仕舞ってあった包みを大事そうに抱えて再び現れた。「これじゃ」とそっと手渡す。

「ありがとう。ここで確認させてもらっていいか?」そう言いながら手早く包みを開封し始めた。

「ああ、構わんよ。茶でも出そうかの」

「手伝いマス」そう言ってリィカが付いていった。「できれば温いのを・・・」アルドとリィカのやりとりは、真剣に読み耽るアウイルの耳には既に届いていないようだった。


 アウイルが親父さんの残した手記を読み始めてどれくらいの時間が経っただろうか。最初は嬉々として読み進めていたが、ハッと驚いたような表情を見せたかと思えば、険しい顔でなにやら考え込んでいる様子も伺えた。アルドはやけに盛り上がっているリィカと村長の会話に耳を傾けながら、アウイルがなにか言葉を発するのをじっと待つのみだった。

「そうだったんだな・・・」

 アウイルがポツリとこぼしたのを聞いて、アルドが尋ねた。「親父さんが探していたものがなんだったのか、分かったのか?」

「ああ。これで抜け落ちていたピースは全て埋まった。色々と腑に落ちたよ。早速帰って執筆に取り掛かりたいところだが・・・」窓の外を見ると陽が沈み始めている。「船を出すには遅い時間になっちまったな」

「今夜はこの村に泊まっていきなされ。ささやかながら歓迎の席を設けておる。村を救ってくれた恩人へのせめてもの礼をさせておくれ」

 村長の申し出に一瞬の間を置きアウイルは答えた。「そうだな。お言葉に甘えさせてもらうことにしよう」きっとすぐにでも作業に取り掛かりたいんだろうとアルドは察した。だが、村長の心遣いを無下にする訳にもいかないという彼の優しさも同時に感じ取れたので、アルドも快くもてなしを受け入れることにした。「じゃあ、みんなを呼んでこないとな!」


 その夜、アルドたちは村人から熱烈な歓迎を受けた。村中から集まってきているのではないかと思うくらい大勢の村人が各々食事を持ち寄り、いつの間にか大宴会となってしまった。よく飲みよく食べ、語り、歌い、笑い、これからの村の平和と英雄たちの旅の無事を皆で願った。

 ベロベロに酔って武勇伝を語っていたサイラスが、調子に乗ってその真っ白な腹を剥き出しにし、リィカがヘンテコな顔を投影して腹踊りを始めた時には、全員が腹を抱えて笑った。皆、この日一番記憶に残った光景になったことだろう。当の本人は、明日にはケロッとした顔で忘れているに違いない。


 砂漠の宴は、夜更けまで続いた。

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