Episode 2.3
盗賊団『堕落の月』との戦いは熾烈を極めていた。
アルドとアウイルは大勢の団員に囲まれ、窮地に立たされている。他の仲間たちも、盗賊団の増援により防戦を強いられていた。だがしかし、アルドにはこの状況を打破する秘策がある。
「アウイル、聞いてくれ。この後俺が合図したら、一気に攻める。周りの奴らを蹴散らしたら、アウイルが頭を叩いてくれ。俺は援護に回る」
「おいおい、なにか秘策でもあるっていうのか? この状況で大した男だな、お前さんは」そう言いながら、アウイルはやけに楽しそうな顔をしている。
「ああ、任せてくれ」
アルドは真剣な眼差しで応え、そして大剣を構えた。
「オーガベイン、力を貸してくれ」
アルドが佩く、意思を持つその魔剣は、普段は力を封印している。
呼び掛けに魔剣は是とも否とも応えない。だがしかし、静かに力を開放した。
辺りの空気が一変するのをアウイルは肌で感じ取った。と同時にアルドが合図する。
「今だ!」
まるで時間が止まっているようだとアウイルは錯覚した。否、錯覚などではない。本当に時間が止まっているのだ。アルドと仲間たち、そして自分を除いて、今この瞬間が時の流れから断絶されている。
「これは一体・・・」アウイルは盗賊団を薙ぎ倒しながらポツリとこぼしたが、直ぐに考えるのを止めた。きっとアルドが構えるあの禍々しい剣に秘められた、不思議な力なのだろう。ただ、無抵抗の相手を一方的にぶちのめすのは気が引けたので、少しだけ手加減しておいた。
周囲の盗賊団員をあらかた片づけたところで、鎖された時間が解放され、本来の流れを取り戻した。同時に、一瞬で壊滅した子分たちを目の当たりにした頭が、目を見開き困惑と憤怒の入り混じった表情を見せていた。
「これは一体・・・!? てめェらなにしやがった!!」
間髪入れずにアウイルが頭へと距離を詰める。
頭も数々の死線を潜り抜けてきた猛者だ。一歩退いて眺めているだけだった大男が、反撃に打って出る。
「とっておきを見せてやるぜェ!!」
懐からなにかを取り出したかと思うと、口に咥え勢いよく鳴らした。
それは笛だった。
得体の知れない所作に一瞬身構えたが、迷わずアウイルは立ち向かう。が、地鳴りと共になにかが近づいてきているのを感じ取った。
「アウイル、下だ!!」離れていたところから見ていたアルドには、アウイルを目指して何者かが、地面を隆起させながら地下から忍び寄るのを確認できた。恐らくかなり巨大な生物だ。
「デザートワームか!?」
とっさに飛び退いたアウイル。直後に地面を割って巨大な影が現れた。
「そんなチンケなもんじゃねェぜ!! ガハハハハ!! デザートワームでさえ餌にしちまう、この砂漠のヌシだ!!」
現れたのは巨大な
「滅多に姿を現さねぇ、砂漠のヌシだ。俺の笛が鳴ると餌の時間だと思って出て来るように調教してあんのさ!! みんなまとめて食われちまえ!!」
「おいおい、まさか自分の子分まで餌にするつもりじゃねぇだろうな!!」アウイルが激昂した。周囲には今しがたコテンパンにしたばかりの盗賊団員たちが伸びている。
アルドは辺りを一瞥し、戦況を確認した。盗賊団員はみな片付いたようだが、仲間たちとは随分と距離が空き、駆けつけるには時間がかかる。
「アウイル! 俺たちで食い止めるぞ!!」
「ああ、そのつもりさ」
リンデの灯台程もありそうな巨大な蟒蛇に見下ろされるふたり。巨躯の割に、動きは素早そうだ。
「ガハハ!! こんな蟒蛇見たことも聞いたこともねェか!?」
「そうだな。こんな怪物、見るのは初めてさ。でもな」アウイルは不敵な笑み浮かべている。「知ってるんだ。子供の頃からよーくな」
そう言うと、アウイルは蟒蛇へと真正面から向かっていった。蟒蛇は鎌首を
アルドも蟒蛇の攻撃を素早く躱しながら、間合いを測る。「どうしてそんなこと知ってるんだ!? 初めて戦う相手だろう?」
その問いに、アウイルはニヤリと笑った。
「そりゃ知ってるさ!! 親父の日誌に全部書いてあったからな!!」そう言い放ち、蟒蛇の再三の攻撃を躱した次の瞬間、器用にその頭へと飛び乗った。
驚いた蟒蛇は天を仰ぐように大きく頭を擡げた。その反動でアウイルは蟒蛇の頭上へと舞う。
「俺が頭部を叩く!! お前が急所を討て!! 頼んだぞ相棒!!」
アルドは小さく頷き、剣を構えた。
「な、なんだってんだこいつら!?」盗賊団の頭はたったふたりの若者に蟒蛇が翻弄されるのを見て動揺を隠せずにいる。
「喰らえ!!」
アウイルが渾身の力を振り絞って、蟒蛇の脳天へと得物を叩き込む。豪快な音を立て、衝撃に耐えられずにその巨体が体勢を崩した。アルドはその一瞬を見逃さず、教えられた急所へと的確に一撃、そしてもう一撃と立て続けに打ち込んだ。蟒蛇の硬い皮膚がめり込むように歪む。
蟒蛇が声にならない咆哮を上げ、完全にその場に崩れ落ちた。生きてはいるようだが、しばらくは身動きも取れないだろう。
「や、やりやがったな!!」
盗賊団の頭は慌てふためいた。そして次の瞬間、あることに気づく。脳天をぶち抜いた男――アウイルの姿が見えない。
「お前らみたいな悪党に『月』だなんてもったいねぇ!! スッポンみたいに地べたを這いずり回ってろ!!」
声がしたのは遥か頭上。アウイルは蟒蛇への一撃を入れると、即座に盗賊団の頭へと飛び掛かっていた。声の主を捕捉すべく大男は天を仰いだが、それが間違いだった。時刻は昼。太陽は真上へと昇り、一瞬目が眩む。その一瞬が明暗を分けた。
まるでお天道様からの天罰と言わんばかりの天空からの一撃。大男はその場で昏倒し、その場に立っているのはアウイルとアルドの仲間たちのみとなった。
「文武両道とはこういうことだ」
満足気な顔でそう言い捨てると、大男の首から真っ赤な石を奪い取った。「助かったぜ、親父」息子は小さく呟き、戦利品を懐に仕舞う。
「お兄ちゃん!!」フィーネや仲間がふたりの元へ駆けつける。どうやら全員、大した怪我もなく無事のようだ。安全なところで見守っていたヴァルヲも合流した。
こうして砂漠の戦いに終止符が打たれた。
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